山岳猟兵用スタッフバッグ(Stoffbeutel für Gebirgsjäger)

桜満開のシーズンですが花粉症がひどく、引き続き自宅に引き籠り中のエーデルマンです。
今年に入ってから山岳猟兵アイテムについての記事が続いていますが、今回も表題のとおり山岳猟兵用のスタッフバッグ(Stoffbeutel für Gebirgsjäger)をアップしたいと思います。

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山岳猟兵が使用したスタッフバッグです。4色1セットになっており色で仕分けができるようになっています。
以前紹介した背嚢用スタッフバッグと同じコンセプトですね。

青色タグ。
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黄色タグ。
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緑色タグ。
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寸法はタテ23cmヨコ33cmで、生地は撥水性の高そうなキメの細かい茶色のコットン製です。
紐で口を絞ることができるようになっています。なおハトメではなく紐通しになっているバージョンもあります。
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赤いタグが付いているバッグはグリーン地が強くなっています。
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タグの無い三角形のタイプはクライミングシューズ(kletterschuhe)用のバッグとされています。
こちらはタテの寸法が37cmとなっています。

靴用を除き、どの色のバッグに何を入れるかは兵士の裁量になっていたようですが、部隊毎に決まりがあったのかも知れません。

ところで、リュックサックにはどんなモノを入れていたのか、気になったので調べてみました。
こちらは一次資料があるので、参考までに掲載します。
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このイラストは「Der Dienstunterricht in der Luftwaffe」の掲載されているもので、リュックサックの中身と収納方法を紹介しています。


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「Der Dienstunterricht in der Luftwaffe」は ベルリンのE.S. Mittler & Sohn社から出版された空軍兵士向けの市販マニュアルで、シリーズには陸軍操典「Der Dienstunterricht im Heere」、通称「REIBERT」があります。
なお「REIBERT」は陸軍操典の著者であるWilhelm Reibert.博士の名前ですが、戦後は陸・海・空操典のタイトルになりました。

DER REIBERT 
ところで陸軍操典には背嚢の収納法については載っていますが、リュックサックについての記述はありません。
陸軍でのリュックサックの支給は戦争後期になってからなので、収納方法の説明が掲載されることなく終戦になったものと思われます。(大戦中のREIBERTは1943年が最終版となります)

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リュックサックは背嚢に比べて容量が大きく、イラストにある通り背嚢では外に括り付けていたツェルトバーンや毛布も中部に収納できます。さらに携行食の量も種類も比較にならないほど多いです。
山岳地帯を行軍するゆえに機械化した輜重段列を随伴させられない山岳猟兵にとって、リュックサックは必要不可欠なアイテムだったでしょう。

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ただし、たくさんモノが入るとういうことは注意して収納しないと、どこ何を仕舞ったか分らなくなる可能性が高く、また背嚢のように両開きしない構造上ピンポイントに素早く取り出すのは困難です。
仕分けがしやすいスタッフバッグは現在でも登山では重宝されており、当時もリュックサックには必須アイテムであったことは間違いありません。
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M42野戦服 (Feldbluse 42)

皆様、花粉症は大丈夫でしょうか?3月に入ってから涙と鼻水が止まらないエーデルマンです。  
さて、本日はハンガリーから届いたばかりのM42野戦服(Feldbluse 42)をアップしたいと思います。
M42野戦服は以前こちらで取り上げているのですが、雨蓋がちょっと珍しい形なのと、最近シリーズ化?している山岳猟兵(Gebirgsjäger)関連アイテムなので記事にすることにしました。(単なる自慢?)

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こちらの野戦服はM40野戦服にも使用されている初期のウール100%のフェルトで出来ています。
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こちらは以前紹介した山岳猟兵のM43野戦服です。ウールと再生繊維の混紡率が上がり茶色っぽくなりました。肌触りもまったく違います。
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この写真だけでは、それ以前の野戦服との違いが分かりません。

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内装もそれまでと同じコットン製ですが。内蔵サスペンダーが廃止され、服と一体化しています。

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襟章は1940年に制定されたマウスグレーの共通兵科用で、襟章は先端を裏から縫った後、折り返して表からジグザグに縫っています。

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襟の裏地はコットン製で強化されています。

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サイズのスタンプは消えかけており、読みづらいですが、被服廠に42年に納品されたことを表す「St42」はかろうじて分かります。
マイミクさんに赤外線フィルターを使って見やすくしてもらいました。ありがとうございました!
45〟 襟から肩の長さ 〝43〟 首回り
      〝94〟 胸囲
75〟 着丈                〝67〟 袖丈
St〟は旧ドイツ領のStettin(現ポーランドSzczecin)で42年納品となります。

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包帯ポケットには兵士の個人番号でしょうか?数字のスタンプがあります。

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国家鷲章も1940年以降のタイプでこちらもジグザグ縫いされています。

ジグザグ縫いは1930年頃から可能になったようですが、直線縫いよりも時間がかかり、糸の消費量も増える為、野戦服ではあまり推奨されていなかったようで、曲線の多い国家鷲章はともかく襟章の縫い方ではほとんど見られません。
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こちらは肩章の裏側です。色の違う二種類のウール地がつなぎ縫い合わされています。このような場合はジグザグ縫いが最適でしょう。

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この服にはBEVOタイプのエーデルヴァイス章が取り付けられています。こちらもジグザグ縫いです。

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さて、冒頭でも書きましたが、この野戦服のポケットの雨蓋の形、ちょっと変わっています。
どうもこの先が尖ったデザインは、オーストリア=ハンガリー帝国の軍服の影響を受けているようです。

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なお、マイミクさんによると軍から工場へ支給された仕様書の項目は少なく細部は縫製工場に任されていたようです。
そんな中、雨蓋は工場デザイナーが唯一個性を主張できるポイントだったのかも知れません。


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山岳猟兵用ゲートル (Gamaschen für Gebirgsjäger) その2

前回の日記でアップした巻ゲートル(Wickelgamaschen)は、足首部分を巻くにはちょうど良い長さですが、膝下まで巻くには長さが足りません。

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ノルウェーのナルヴィクで、山岳猟兵分隊を閲兵するエデュアルト・ディートル第3山岳師団長。
さすが山岳部隊、将校も山岳ブーツに巻ゲートル着用です。
(良く見ると前列左から3人目と4人目の兵士は前回紹介した短ゲートルと巻ゲートルを併用していますね)

ネットで調べると長さは2m半くらいあるらしく、旧日本軍のそれも同じ位の長さだったようです。
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こちらが長い巻ゲートルです。こちらだけだと長さの違いが分かりません。


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で、両方を並べてみました。長さは倍以上も違いますが幅は同じ7.5cmです。


 
The German Mountain Army Soldier of WWII

山岳猟兵の資料本によれば、巻ゲートルにはロング、ミディアム、ショートの3タイプがあるようです。
ロングは戦前のライヒスヴェーア時代から一般の兵士にも支給されていましたが、ショートは山岳猟兵用に作られたとのこと。

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写真のゲートルはショートタイプで「Mars-Band」のタグがあります。手前の新品のゲートルもMars-Bandでショートタイプなので間違いなく同じタグがあるはずです。


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こちらの巻ゲートルには白い「Mars-Gamasche」タグがあり、右と左に分かれています。

今回入手した巻ゲートルは新品ではないので実際に足に巻いてみようと思いましたが、経年で生地がかなり薄くなっており、きつく巻くと破れそうなので実演は断念しました。

ということで今回の日記はこれで終了です。
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次回の日記はこの中に写っているアイテムを取り上げたいと思います。


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山岳猟兵用ゲートル (Gamaschen für Gebirgsjäger)

今更ですが皆様あけましておめどうとうございます。本年も『東部戦線泥沼日記』をどうぞよろしくお願いいたします。
さて、本日は山岳猟兵(Gebirgsjäger) に支給されたゲートル(Gamaschen)をアップしたいと思います。

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ドイツ軍山岳猟兵の登山靴(Bergstiefel)と巻きゲートル(Wickelgamaschen)及び短ゲートル(Stoffgamaschen)です。
ゲートルは脛を守るという目的以外に、長時間歩行する際に披露を軽減する効果もあります。ヨーロッパの軍隊で伝統的に使用されてきましたが、ドイツ軍は第一次大戦から兵士には半長靴を支給しました。

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半長靴はアンクルブーツ(編上靴)+ゲートルに比べ、着用に時間がかからない一方で、異物が靴の中に入りやすい構造となっています。
(機械化された部隊が比較的平坦な土地で戦う場合は良いでしょうけど・・・)
しかしながら、より険しい道を長時間歩かねばならない山岳猟兵にとって、半長靴はふさわしい装備ではなく頑丈な登山靴とゲートルが支給されました。

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まずは定番の巻きゲートル(Wickelgamaschen)から紹介しましょう。

巻きゲートルとは <Wikipediaから>

巻脚絆とは包帯状の細い布を巻いて脚絆を作るもの。19世紀末頃から使われ始める。世界の軍隊の軍装品としては第一次世界大戦をピークに、第二次世界大戦頃まではレギンス型や長靴とともに各国の軍隊で広く用いられた。脚絆の一端には脚絆を最後に固定するための紐が取り付けられている。欠点としては、上手に巻くには慣れが必要で時間がかかり、高温多湿の環境下ではシラミなど害虫の温床になりやすい。

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こちらの巻きゲートルは官給品とされているタイプで、グレー色のウール生地でできています。
非常に珍しい当時の紙ラベルが付いた未使用状態です。

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「Mars-Band」(火星バンド)
「Eingetragenes Warenzeichen」(登録商標)
「Verschlussband für lange Hosen」(長ズボン用裾テープ)


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裏側は文字はなく、巻きゲートル本体と紙ラベルが虫ピンで止められています。
本来なら巻きゲートルを広げた写真を掲載すべきですが、紙ラベルを破るのがもったいないので、ネットで拾った画像を貼っておきます。
(スミマセン・・・)

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タグにはL(Links)、R(Rechts)の文字があり、左用・右用に分かれています。タグの下にあるのは登山靴に固定する際に靴紐に引っ掛ける金具です。

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こちらは巻きゲートルに付属する取扱説明書です。巻き始めはフックを2番目と3番目の間にある紐に引っ掛けるべし、など巻き方の説明が載っています。

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裏面には取り外し方が載っており、外した後は緩ませた状態で数時間おいてすぐに巻かないこと、などの注意書きがあります。

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休憩中の山岳猟兵。兵士によってゲートルの長さがマチマチなのが興味深いです。

続いて短ゲートル(Stoffgamaschen)の紹介です。
実は恥ずかしながら2-3年前まで短ゲートルの存在を知りませんでした。
短ゲートルの存在を知ったのはこの本を入手してからです。


The German Mountain Army Soldier of WWII

この本には山岳猟兵の実物軍装や当時の写真が多く掲載されており、山岳猟兵ファンなら必携の一冊です。

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これを見た時、思わず「米軍かよ!」と突っ込んでしまいました。
この短ゲートル、残存数が少なく探すのに苦労しました。(とは言いつつも巻きゲートルより先に入手したんですが・・・)

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この短ゲートルはダークグリーン色のキャンバス生地で作られています。革製の紐で10個のハトメで締めるようになっています。

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裏地です。ウェブで縁が補強されており、非常に頑丈な造りになっています。

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スタンプのクローズアップ。RB  Nr とGr Ⅲ(Größe=サイズ3) が白いインクで書かれています。
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登山靴に装着してみました。巻きゲートルと違い開口部を完全に覆うことができます。
(紐がブチッと切れるのが怖くて、締め方が緩々なのはお許し下さい)

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踵の部分は二重に補強されています。
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こうして見るとますます米軍レギンスに見えます。

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短ゲートルは鉄金具で土踏まずの部分で固定します。

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ウェブ製ストラップは革ループに通して固定。
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ストラップの金具は水筒のフェルドカバーのなどスナップに使用されているSTOCKO製です。
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米軍かよ!(しつこい)
さて、これらのゲートルですが、2つとも山岳猟兵には支給されたのでしょうか?

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こちらの写真では同じ部隊の兵士がそれぞれ巻きゲートルと短ゲートルを使用していることが分ります。
なお右側の兵士は短ゲートルの上から巻きゲートルを被せて防水性を高めているようです。

山岳猟兵の当時の写真は巻きゲートル姿がほとんどで、短ゲートルを着用した兵士の写真は少ないことから、巻きゲートル=一般装備、短ゲートル=特殊装備として限られた兵士のみに支給されたのかも知れません。


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『ヒトラーの忘れもの』

現在公開中の映画、『ヒトラーの忘れもの』(デンマーク語の原題『Under Sandet』)はナチスドイツが降伏後、ドイツ軍がデンマークの海岸線に埋設した2百万もの地雷の撤去に強制させられたドイツ少年兵たちの物語ですが、史実に基づいた話ということでネットで調べたところ、興味深い記事を見つけましたので紹介したいと思います。
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「The Untold Horror of How Danes Forced German POWs to Clear Mines After WWII」
(語られなかった恐怖、第二次大戦後、いかにデンマーク人は地雷撤去をドイツ兵捕虜に強制したか)

<ここから>
ホロコースト後の歴史の片鱗 - 第二次世界大戦直後のデンマークの海岸におけるドイツ兵捕虜の地雷除去への強制労働 - デンマークの学識者間でさえも議論されたことの無い事実がデンマークと ドイツ合作の新しい映画によって白日の下にさらされている。

映画『ヒトラーの忘れもの』は、ナチス占領時にデンマークの西海岸に埋められた200万以上の地雷の撤去を強制された2,000人以上のドイツ人捕虜(多くはまだティーンエイジャーだった)の物語である。

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最近の研究によると捕虜の半数近くが作業中の事故により死亡もしくは負傷、多くは生涯残るような深刻な障害を負った。デンマーク人は戦争捕虜を危険な作業に従事させることを禁止するジュネーブ条約を違反するイギリス軍の決定に従うしかなかった。ドイツ兵は定期的にすべての地雷が除去されたことを確認する為、「死の行進」と呼ばれる地雷原を行進するようなこともさせられた。 

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『ヒトラーの忘れもの』は2015年9月にトロント国際映画祭でプレミア上映され、続いて12月3日にデンマークで公開された。少年兵が腹ばいになって素手で地雷を掘り出すシーンは論争となる。争点はドイツ兵が本当に無実の若者であったのか、それともナチスの残虐行為に参加した兵士だったかどうかという点である。当時のデンマーク人は、ドイツ兵を見ても大人と少年、一部は戦争の最後の数ヶ月でドイツ軍に徴兵されていた十代の若者であったが、を区別できなかったと信じる人たちがいる。

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映画の公開をきっかけに、デンマークの新聞社、ポリティカンはこの歴史的な事件を真摯に調べあげた。公文書にはデンマーク解放の数日後、イギリス軍のホランド・スタンリー少佐及び数名のデンマーク軍士官と駐デンマークドイツ軍司令官、ゲオルク・リンデマン将軍との間で会合が行われ、地雷除去の経験を持つドイツ兵を地雷原撤去に従事させることが決定された。リンデマン将軍は既に帰国の途についていたドイツ軍工兵部隊の兵士に地雷除去の為、デンマークへ戻るよう命令することに合意した。捕虜はイギリス軍によって、南ユトランドの捕虜収容所に送られ3日間地雷を無力化する訓練を受けた。撤去作業はユトランドに始まり、その後デンマークのジーランドでも実行された。

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イギリス軍はデンマーク軍では地雷を見つけ除去するのに何年もかかるため、ドイツ軍の経験豊富な兵士がデンマークを去る前に撤去する必要があると主張した。(実際スカリンゲンで最後の地雷が除去されたのは2012年となる)地雷の多くは戦後、国を再建するために不可欠であった農地に埋められていたのである。

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ポリティカンの記事には、当時のデンマークの人々は第二次世界大戦直後の雰囲気の中で、ドイツ占領下にドイツ軍がデンマーク国内に敷設した地雷をドイツ兵が除去することになんら問題もないと正当化したことを指摘している。当時、作業については一度新聞で報道されたが、誰もそれが国際法に違反しているとは思わなかった。敗戦後ドイツ兵は何の権利もなく、ただちに慈悲を期待できないという共通の合意もあった。

ある者はこの作戦はデンマークの最大の戦争犯罪としている一方で、他の者はドイツ兵は戦争捕虜ではなかったと唱えていると記事で述べている。地雷除去の作戦を実行したデンマーク部隊の一員だったクヌーズ・クリスチャンセンは、ドイツ軍兵士が作業に志願することで、より早く祖国に戻ることができると考えており、またより良い食糧や僅かながらも給金といったインセンティブを受けられると信じていたと言っている。ポリティカンとのインタビューで、クリスチャンセンは、デンマーク政府が地雷除去を兵士に強制したことを否定している。彼はまた、作業に参加した兵士たちは十代の若者ではなく、東部戦線で戦っていた兵士であると主張した。
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法学者であり歴史家のヘルゲ・ハーゲマンは、彼の1998年のデンマーク語の著書 "Under Tvang"」(「強制の下で:1945年のユトランド西海岸での地雷撤去)でデンマークの政策に対して重大な告発を提起した。ドイツ兵たちは作業の為に適切な訓練を受けておらず、時間と感情的なプレッシャーの下で働らかされていたと書いている。ハーゲマンによれば、ドイツ兵は「汚物」のように扱われ、成功のしそうもない作業に志願することで何百人もが死亡もしくは生涯残るような深刻な障害を負ったとしている。

<ここまで> 

なお、パウル・カウルの著書『捕虜』にはフランスで地雷除去の作業に従事させられたドイツ兵は約4万人、死亡したドイツ人の数は今もって不明であり、少なく見積もっても数千人に及ぶと書かれています。



今年もお世話になりました。来年も宜しくお願いします。


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M31雑嚢 (Brotbeutel 31) 熱帯用

こんにちはエーデルマンです。
最近は一人きりで過ごすクリスマスを〝クリぼっち〟と言い、家族や恋人と一緒でなくても楽しむ方法もあるようですね。私が若い頃(バブル時代)、クリスマスの夜を恋人と過ごせない人間の価値はゼロに等しく(嘘)、ひたすら息を潜めながらクリスマス、特にイブが過ぎるのを待ったものです。ちなみに日本でクリスマスを恋人と一緒に過ごすことが勝ち組とされるようになったのは、1980年代の始めだそうです(山下達郎の「クリスマス・イブ」が発売された1983年頃でしょうか?)

前置きが長くなってしまいましたが、本日は熱帯用のM31雑嚢(Brotbeutel 31)を取り上げたいと思います。

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形は一般の雑嚢と変わりませんが、革製パーツがコットン(ウェブ)製になっています。乾燥した場所では革は傷みやすく、長持ちさせる目的でコットンを使用したと思われます。


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このように力のかかるバーツは、しっかりと織り込んだウェブでできています。
革だと経年で脆くなっている場合がありますが、70年以上前でも非常に頑丈です。

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後ろ側のDリングパーツにもコットンが使用されています。



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"Ernst Melzig LIEGNITZ 1942" のスタンプが残っています。




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こちらのパーツも全てコットン製ですが、中央のベルトが革製のバリエーションもあります。

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こちらはオールコットンのストラップです。写真には写っていませんが、スタンプ(判読不可能)が押されています。

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金具部分のクローズアップ。

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本来クリスマスは家族と過ごすもので、日本のようにカップルで過ごす習慣は欧米はもちろん、非キリスト圏でもほとんど無いようです。(日本では家族と過ごすのは正月という文化があるからかも知れませんが)

さて、北アフリカ前線に派遣された兵士は、家族からは遠く離れた土地でどんな思いでクリスマスを過ごしたのでしょう。
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Fröhliche Weihnachten!!


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半長靴:サイコロつぼ(Knobelbecher)

こんにちはエーデルマンです。
最近めっきり寒くなりましたね。街中でブーツを履いている女性を見かけると、どうしてもドイツ兵の半長靴を思い浮かべてしてしまいます。ということで、今回はドイツ軍の半長靴(Marshstiefel)を紹介したいと思います。

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半長靴は以前にも取り上げていますが(過去の記事はこちら)、今回は趣向を変えて、今回は文林堂出版さんの「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」に掲載されていた、「Westfront-illustrierte」を翻訳した記事を引用しながら半長靴を紹介したいと思います。

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(著作権上、コピペがまずかったら消しますので教えてくださいませ m(_ _;)m)

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「Westfront-illustrierte」誌 1941年8月号より ヘルムート・ヤーン記

新兵としてその靴を履いたら、それに愛着を持つことになるとは思いたくもないだろう。この靴は決して美しくない。履物として一般に想像されるものとはあまりにも共通点が少ないのだ。この靴は軍隊用語で「クノーベルベッヒャー(サイコロつぼ)」と名づけられている。
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-

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確かに兵用のブーツは将校用に比べるとスマートでは無いですが、〝機能美〟はあるのでは無いでしょうか。
ところでサイコロつぼ(クノーベルベッヒャーKnobelbecher)ってどんなモノ?とネットで調べてみたら、下記の画像がヒットしました。
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↑がサイコロつぼで↓が半長靴です。すね部分が筒型のところや縫い目は確かに似ていますね。
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この半長靴は兵士のために造られたものである。考案者は偉大な実用者だったに違いない。もちろん彼は芸術愛好者ではない。趣味と感覚的に優れた彼はこの半長靴を決していい作品だとは思わなかっただろう。美的には評価は低いが、軍事上の評価は上回る。軍事教官(将校)はこの半長靴をサイコロ・ゲームのつぼから出た目の「19」に例えているようだ。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-

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さすがは軍用品、外観では無く100パーセント実用性重視です。このサイコロ・ゲームの「19」はバカラの「9」みたいなものでしょうか?良く分りませんが、軍事教官(プロ)にして評価が高いということでしょう。

実際に半長靴を使用したことがある者は、その使い方によって寿命が左右されることを知っている。この半長靴の中でも最もランクの低いものに対し、最も献身的な手入れが施され扱われているということは考えれば不思議なことである。
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-

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支給品の手入れは兵士の務めでしたが、特に軍靴は顔が映るくらい毎日ピカピカに磨くよう厳しく指導されました。軍靴は〝歩く〟ことが日常の歩兵にとって最も使用頻度の高い道具であり、ずさんな扱いは命に関わることを頭より体で覚えさせる目的もあったと思います。

学歴、宗派、貧富、老若、体の大小に関係なく、陽気な者も短気な者も皆、この半長靴を履き、ブラシをかけて泥をたたき落とししては洗い、クリームを塗ってピカピカに磨きあげ、油を塗りつけては息を吹きつけて艶出しに努める。彼らはさらに先の尖ったもので靴底の鋲の間につまった砂をかき落とし、わざわざそのために造られた木製の道具で靴の内側の白い縫い目から注意深く汚れを取り除く。
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-


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ブラシには1.靴に付いたほこりや汚れを落とす、2.靴クリームを革に塗り込む、3.靴クリームを落とし磨く、という3種類の用途あり、大抵は3種類1セットとなっています。

もちろん、彼らはそれをいつでも喜んでやっていたわけではない。いやが上でも武器とつき合わなければならない軍人としての立場から、靴ブラシとつき合っているのである。
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より- 


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軍靴の手入れ用品は官給品・私費購入いろんな種類があります。兵士は背嚢に入れて持ち運び、前線でも手入れを欠かしませんでした。
手入れ品についてはこちら
背嚢の中身についてはこちら

それでも兵士たちはこの半長靴を高く評価し、次第に好きになっていった。それはもちろん一目惚れではない。確かにそうではないが、彼らは最初のかかわり合いから時間が経過するにつれて理解と分別を働かすようになり、軍隊生活において実際にテストをくり返していくうち、実用的で長持ちするこの半長靴に愛着を覚えはじめ、すっかりと自分の足に馴染むようになる頃には喜びさえ覚える。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-


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昔から〝靴を足に合わせるのではない、足を靴に合わせろ〟と言われている通り、支給されたばかりの頃は固靴に最初は馴染めず、タコやマメを作りながら足と靴は夫婦のように寄り添っていったのでしょう。

クノーベルベッヒャーはごく普通の靴で、最もありふれた長靴である。それなのに決して平凡な靴ではない。バックスキンのあて布付きのエレガントな靴、トカゲ革やヘビ革製の靴、狩猟用の靴、鞣した牛革や山羊革の靴の方がずっといいに違いない。だが、この半長靴には独特の個性がある。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-
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ドイツ軍の半長靴や編上げ靴はありふれた形なので、ドイツ軍が使用したものかどうか一目で判別するのが困難です。官給品には写真のようなサイズや製造年を示す刻印がありますが、私費購入や搾取品には無いのでドイツ軍で使われたものか分かりません。
なおドイツ軍の靴の特徴についてはこちら

この靴は実直な性格ながら鈍重で、温厚で強くて履き主に忠実なのだ。これまでの靴はどこかの沼地や、ぬかるんだポーランドの畑の深い泥土にはまり込んでしまうと絶対に救いようがなかった。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-


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東部戦線の泥まみれの悪路では頑丈な半長靴の存在は頼もしかったと思います。

この靴は自然のままで大地に結びついている。その性質上、過度の洗練を嫌う。これは寄木張りの床を嫌い、大都市にあるよく磨かれたアスファルトを好まない。彼らは外交官ではなく、兵士なのだ。ハイヒールが品良く優雅に振る舞うような場所では彼らの足はツルツルと滑る。小川の流れる道や、土埃が吹き抜ける畑の上、雨でできた茶色の水溜まりのある場所こそが彼らには相応しい。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-


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軍靴と言えば鋲(ホブネイル)ですね。民間靴でも登山や作業靴に使用されていて、ビブラムソールが発明されるまで、滑り止め用として一般的でした。しかし、石畳や平らな床ではツルツルと滑ったと思われ、まさに大地に結びついているという表現が当てはまります。滑り止め以外に、靴底の摩耗を防ぐ目的もありました。

彼らの靴は見かけは国際的とはいえないが、大陸的にはもっとも適したものといえる。彼らが歩くところに道ができ、彼らの進むところに障害物はない。彼らの靴底にある鋲が道路の石の上でカチャカチャと音を立て、全身する部隊がザクザクと協調のシャルマイエ(ドイツの木製楽器)を奏で、周囲の物音をすべてかき消してしまう。それは叫び声や抗議の声にも反応を示さない。それは命令によってのみ行動される。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-


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しかしながら鋲には欠点もあります。Wikipediaを引用すると〝鋲は鉄製なので冬場は猛烈に冷え、またよく抜ける上に補充するとその周囲の鋲が連鎖的に抜けるなど欠点が多く、ビブラムソールの登場とともに駆逐された。〟ようです。

ドイツ軍人の半長靴は敵の間ではわけもなく力の象徴とされているわけではない。オーバーな表現やあらゆる欺瞞的な策略を問題にせず、兵士たちは黙々と行進し続けるのである。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-

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半長靴は戦場で酷使され、また戦後に民間で消耗されてしまいますが、それでも手入れがきっちりされたものは非常に良いコンディションで今でも残っています。


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Author:エーデルマン
脳内の99%をドイツ軍が占めている、そんなアラフィフ親父です。
注)当時のドイツ軍の装備・生活用品に興味がありますが、特定の団体・思想を支持するものではありません。

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Ss-brigadefuhrer Und Generalmajor Der Waffen-ss Theodor "Teddy" Wisch
個人秘蔵の未公開写真が満載でLSSAHファンは必読の書。著者は友人

WWII ドイツ軍兵器集 〈火器/軍装編〉 (1980年) ワイルドムック
WWII ドイツ軍兵器集 〈火器/軍装編〉 (1980年) ワイルドムック
長年教科書だった本。小宮氏の「ドイツ軍の全貌」の解説がすごい

最強の狙撃手
最強の狙撃手
ドイツ軍No.2スナイパーの回顧録。狙撃シーンもすごいが、当時の兵士の生活も垣間見れる一冊

第2次大戦ドイツ軍装ガイド
第2次大戦ドイツ軍装ガイド
鮮明な写真による軍装品説明はブログ写真撮影の参考にしています

ドイツ軍装備大図鑑: 制服・兵器から日用品まで
ドイツ軍装備大図鑑: 制服・兵器から日用品まで
軍装品のカタログとも言えるボリュームは圧巻。実は密かに打倒を狙っていたり・・・

第2次大戦ドイツの自動火器
第2次大戦ドイツの自動火器
実物のFG42実射レポートを読めるのはこの本だけ

“グロースドイッチュランド”師団写真史―東部戦線におけるGD機甲擲弾兵師団1942‐1944
“グロースドイッチュランド”師団写真史―東部戦線におけるGD機甲擲弾兵師団1942‐1944
ドイツ国防軍好きなら買って損はなし

図説ドイツ軍用銃パーフェクトバイブル (歴史群像シリーズ Modern Warfare MW)
図説ドイツ軍用銃パーフェクトバイブル (歴史群像シリーズ Modern Warfare MW)
ドイツの軍用銃の専門書でビジュアル的に見ていて楽しい

ドイツの小銃拳銃機関銃―歩兵兵器の徹底研究 (光人社NF文庫)
ドイツの小銃拳銃機関銃―歩兵兵器の徹底研究 (光人社NF文庫)
ドイツ軍用銃のバイブル的な書。ドイツ軍スナイパートップ3への一問一答が興味深い

Feldbluse: The German Soldier's Field Tunic, 1933-45
Feldbluse: The German Soldier's Field Tunic, 1933-45
M33からM44までドイツ陸軍の野戦服を網羅。特にM36以前の野戦服は必見

Rations of the German Wehrmacht in World War II
Rations of the German Wehrmacht in World War II
とにかく当時のドイツ兵が食べていた糧食にこだわった一冊

武器と爆薬―悪夢のメカニズム図解
武器と爆薬―悪夢のメカニズム図解
迫撃砲はどうやって砲弾を飛ばすのか?小銃擲弾は?ほかにも大砲や爆弾のしくみを源文マンガでわかりやすく解説

グラフィックアクション GRAPHIC ACTION 1993年 No.17
グラフィックアクション GRAPHIC ACTION 1993年 No.17
このシリーズは市場で見つけたら買うべし

ドイツ武装親衛隊軍装ガイド (ミリタリー・ユニフォーム)
ドイツ武装親衛隊軍装ガイド (ミリタリー・ユニフォーム)
WSS専門だけど全部実物!

鼠たちの戦争〈上〉 (新潮文庫)
鼠たちの戦争〈上〉 (新潮文庫)
映画「スターリングラード」の原作本的な内容だが100倍面白い

鼠たちの戦争〈下〉 (新潮文庫)
鼠たちの戦争〈下〉 (新潮文庫)


スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943 (朝日文庫)
スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943 (朝日文庫)
塹壕から故郷へ送った兵士の手紙が興味深い「クリスマスはドイツ風に」の章は涙なくしては読めません

ケルベロス 鋼鉄の猟犬 (幻冬舎文庫)
ケルベロス 鋼鉄の猟犬 (幻冬舎文庫)
ヒトラーが暗殺された後の撤退戦を描いた架空小説。小道具にこだわるところがマニアっぽい

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