山岳猟兵用ゲートル (Gamaschen für Gebirgsjäger)

今更ですが皆様あけましておめどうとうございます。本年も『東部戦線泥沼日記』をどうぞよろしくお願いいたします。
さて、本日は山岳猟兵(Gebirgsjäger) に支給されたゲートル(Gamaschen)をアップしたいと思います。

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ドイツ軍山岳猟兵の登山靴(Bergstiefel)と巻きゲートル(Wickelgamaschen)及び短ゲートル(Stoffgamaschen)です。
ゲートルは脛を守るという目的以外に、長時間歩行する際に披露を軽減する効果もあります。ヨーロッパの軍隊で伝統的に使用されてきましたが、ドイツ軍は第一次大戦から兵士には半長靴を支給しました。

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半長靴はアンクルブーツ(編上靴)+ゲートルに比べ、着用に時間がかからない一方で、異物が靴の中に入りやすい構造となっています。
(機械化された部隊が比較的平坦な土地で戦う場合は良いでしょうけど・・・)
しかしながら、より険しい道を長時間歩かねばならない山岳猟兵にとって、半長靴はふさわしい装備ではなく頑丈な登山靴とゲートルが支給されました。

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まずは定番の巻きゲートル(Wickelgamaschen)から紹介しましょう。

巻きゲートルとは <Wikipediaから>

巻脚絆とは包帯状の細い布を巻いて脚絆を作るもの。19世紀末頃から使われ始める。世界の軍隊の軍装品としては第一次世界大戦をピークに、第二次世界大戦頃まではレギンス型や長靴とともに各国の軍隊で広く用いられた。脚絆の一端には脚絆を最後に固定するための紐が取り付けられている。欠点としては、上手に巻くには慣れが必要で時間がかかり、高温多湿の環境下ではシラミなど害虫の温床になりやすい。

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こちらの巻きゲートルは官給品とされているタイプで、グレー色のウール生地でできています。
非常に珍しい当時の紙ラベルが付いた未使用状態です。

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「Mars-Band」(火星バンド)
「Eingetragenes Warenzeichen」(登録商標)
「Verschlussband für lange Hosen」(長ズボン用裾テープ)


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裏側は文字はなく、巻きゲートル本体と紙ラベルが虫ピンで止められています。
本来なら巻きゲートルを広げた写真を掲載すべきですが、紙ラベルを破るのがもったいないので、ネットで拾った画像を貼っておきます。
(スミマセン・・・)

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タグにはL(Links)、R(Rechts)の文字があり、左用・右用に分かれています。タグの下にあるのは登山靴に固定する際に靴紐に引っ掛ける金具です。

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こちらは巻きゲートルに付属する取扱説明書です。巻き始めはフックを2番目と3番目の間にある紐に引っ掛けるべし、など巻き方の説明が載っています。

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裏面には取り外し方が載っており、外した後は緩ませた状態で数時間おいてすぐに巻かないこと、などの注意書きがあります。

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休憩中の山岳猟兵。兵士によってゲートルの長さがマチマチなのが興味深いです。

続いて短ゲートル(Stoffgamaschen)の紹介です。
実は恥ずかしながら2-3年前まで短ゲートルの存在を知りませんでした。
短ゲートルの存在を知ったのはこの本を入手してからです。


The German Mountain Army Soldier of WWII

この本には山岳猟兵の実物軍装や当時の写真が多く掲載されており、山岳猟兵ファンなら必携の一冊です。

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これを見た時、思わず「米軍かよ!」と突っ込んでしまいました。
この短ゲートル、残存数が少なく探すのに苦労しました。(とは言いつつも巻きゲートルより先に入手したんですが・・・)

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この短ゲートルはダークグリーン色のキャンバス生地で作られています。革製の紐で10個のハトメで締めるようになっています。

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裏地です。ウェブで縁が補強されており、非常に頑丈な造りになっています。

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スタンプのクローズアップ。RB  Nr とGr Ⅲ(Größe=サイズ3) が白いインクで書かれています。
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登山靴に装着してみました。巻きゲートルと違い開口部を完全に覆うことができます。
(紐がブチッと切れるのが怖くて、締め方が緩々なのはお許し下さい)

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踵の部分は二重に補強されています。
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こうして見るとますます米軍レギンスに見えます。

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短ゲートルは鉄金具で土踏まずの部分で固定します。

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ウェブ製ストラップは革ループに通して固定。
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ストラップの金具は水筒のフェルドカバーのなどスナップに使用されているSTOCKO製です。
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米軍かよ!(しつこい)
さて、これらのゲートルですが、2つとも山岳猟兵には支給されたのでしょうか?

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こちらの写真では同じ部隊の兵士がそれぞれ巻きゲートルと短ゲートルを使用していることが分ります。
なお右側の兵士は短ゲートルの上から巻きゲートルを被せて防水性を高めているようです。

山岳猟兵の当時の写真は巻きゲートル姿がほとんどで、短ゲートルを着用した兵士の写真は少ないことから、巻きゲートル=一般装備、短ゲートル=特殊装備として限られた兵士のみに支給されたのかも知れません。


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『ヒトラーの忘れもの』

現在公開中の映画、『ヒトラーの忘れもの』(デンマーク語の原題『Under Sandet』)はナチスドイツが降伏後、ドイツ軍がデンマークの海岸線に埋設した2百万もの地雷の撤去に強制させられたドイツ少年兵たちの物語ですが、史実に基づいた話ということでネットで調べたところ、興味深い記事を見つけましたので紹介したいと思います。
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↑↑画像をクリックすると映画の広告サイトに移動します。


「The Untold Horror of How Danes Forced German POWs to Clear Mines After WWII」
(語られなかった恐怖、第二次大戦後、いかにデンマーク人は地雷撤去をドイツ兵捕虜に強制したか)

<ここから>
ホロコースト後の歴史の片鱗 - 第二次世界大戦直後のデンマークの海岸におけるドイツ兵捕虜の地雷除去への強制労働 - デンマークの学識者間でさえも議論されたことの無い事実がデンマークと ドイツ合作の新しい映画によって白日の下にさらされている。

映画『ヒトラーの忘れもの』は、ナチス占領時にデンマークの西海岸に埋められた200万以上の地雷の撤去を強制された2,000人以上のドイツ人捕虜(多くはまだティーンエイジャーだった)の物語である。

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最近の研究によると捕虜の半数近くが作業中の事故により死亡もしくは負傷、多くは生涯残るような深刻な障害を負った。デンマーク人は戦争捕虜を危険な作業に従事させることを禁止するジュネーブ条約を違反するイギリス軍の決定に従うしかなかった。ドイツ兵は定期的にすべての地雷が除去されたことを確認する為、「死の行進」と呼ばれる地雷原を行進するようなこともさせられた。 

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『ヒトラーの忘れもの』は2015年9月にトロント国際映画祭でプレミア上映され、続いて12月3日にデンマークで公開された。少年兵が腹ばいになって素手で地雷を掘り出すシーンは論争となる。争点はドイツ兵が本当に無実の若者であったのか、それともナチスの残虐行為に参加した兵士だったかどうかという点である。当時のデンマーク人は、ドイツ兵を見ても大人と少年、一部は戦争の最後の数ヶ月でドイツ軍に徴兵されていた十代の若者であったが、を区別できなかったと信じる人たちがいる。

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映画の公開をきっかけに、デンマークの新聞社、ポリティカンはこの歴史的な事件を真摯に調べあげた。公文書にはデンマーク解放の数日後、イギリス軍のホランド・スタンリー少佐及び数名のデンマーク軍士官と駐デンマークドイツ軍司令官、ゲオルク・リンデマン将軍との間で会合が行われ、地雷除去の経験を持つドイツ兵を地雷原撤去に従事させることが決定された。リンデマン将軍は既に帰国の途についていたドイツ軍工兵部隊の兵士に地雷除去の為、デンマークへ戻るよう命令することに合意した。捕虜はイギリス軍によって、南ユトランドの捕虜収容所に送られ3日間地雷を無力化する訓練を受けた。撤去作業はユトランドに始まり、その後デンマークのジーランドでも実行された。

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イギリス軍はデンマーク軍では地雷を見つけ除去するのに何年もかかるため、ドイツ軍の経験豊富な兵士がデンマークを去る前に撤去する必要があると主張した。(実際スカリンゲンで最後の地雷が除去されたのは2012年となる)地雷の多くは戦後、国を再建するために不可欠であった農地に埋められていたのである。

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ポリティカンの記事には、当時のデンマークの人々は第二次世界大戦直後の雰囲気の中で、ドイツ占領下にドイツ軍がデンマーク国内に敷設した地雷をドイツ兵が除去することになんら問題もないと正当化したことを指摘している。当時、作業については一度新聞で報道されたが、誰もそれが国際法に違反しているとは思わなかった。敗戦後ドイツ兵は何の権利もなく、ただちに慈悲を期待できないという共通の合意もあった。

ある者はこの作戦はデンマークの最大の戦争犯罪としている一方で、他の者はドイツ兵は戦争捕虜ではなかったと唱えていると記事で述べている。地雷除去の作戦を実行したデンマーク部隊の一員だったクヌーズ・クリスチャンセンは、ドイツ軍兵士が作業に志願することで、より早く祖国に戻ることができると考えており、またより良い食糧や僅かながらも給金といったインセンティブを受けられると信じていたと言っている。ポリティカンとのインタビューで、クリスチャンセンは、デンマーク政府が地雷除去を兵士に強制したことを否定している。彼はまた、作業に参加した兵士たちは十代の若者ではなく、東部戦線で戦っていた兵士であると主張した。
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法学者であり歴史家のヘルゲ・ハーゲマンは、彼の1998年のデンマーク語の著書 "Under Tvang"」(「強制の下で:1945年のユトランド西海岸での地雷撤去)でデンマークの政策に対して重大な告発を提起した。ドイツ兵たちは作業の為に適切な訓練を受けておらず、時間と感情的なプレッシャーの下で働らかされていたと書いている。ハーゲマンによれば、ドイツ兵は「汚物」のように扱われ、成功のしそうもない作業に志願することで何百人もが死亡もしくは生涯残るような深刻な障害を負ったとしている。

<ここまで> 

なお、パウル・カウルの著書『捕虜』にはフランスで地雷除去の作業に従事させられたドイツ兵は約4万人、死亡したドイツ人の数は今もって不明であり、少なく見積もっても数千人に及ぶと書かれています。



今年もお世話になりました。来年も宜しくお願いします。


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M31雑嚢 (Brotbeutel 31) 熱帯用

こんにちはエーデルマンです。
最近は一人きりで過ごすクリスマスを〝クリぼっち〟と言い、家族や恋人と一緒でなくても楽しむ方法もあるようですね。私が若い頃(バブル時代)、クリスマスの夜を恋人と過ごせない人間の価値はゼロに等しく(嘘)、ひたすら息を潜めながらクリスマス、特にイブが過ぎるのを待ったものです。ちなみに日本でクリスマスを恋人と一緒に過ごすことが勝ち組とされるようになったのは、1980年代の始めだそうです(山下達郎の「クリスマス・イブ」が発売された1983年頃でしょうか?)

前置きが長くなってしまいましたが、本日は熱帯用のM31雑嚢(Brotbeutel 31)を取り上げたいと思います。

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形は一般の雑嚢と変わりませんが、革製パーツがコットン(ウェブ)製になっています。乾燥した場所では革は傷みやすく、長持ちさせる目的でコットンを使用したと思われます。


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このように力のかかるバーツは、しっかりと織り込んだウェブでできています。
革だと経年で脆くなっている場合がありますが、70年以上前でも非常に頑丈です。

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後ろ側のDリングパーツにもコットンが使用されています。



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"Ernst Melzig LIEGNITZ 1942" のスタンプが残っています。




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こちらのパーツも全てコットン製ですが、中央のベルトが革製のバリエーションもあります。

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こちらはオールコットンのストラップです。写真には写っていませんが、スタンプ(判読不可能)が押されています。

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金具部分のクローズアップ。

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本来クリスマスは家族と過ごすもので、日本のようにカップルで過ごす習慣は欧米はもちろん、非キリスト圏でもほとんど無いようです。(日本では家族と過ごすのは正月という文化があるからかも知れませんが)

さて、北アフリカ前線に派遣された兵士は、家族からは遠く離れた土地でどんな思いでクリスマスを過ごしたのでしょう。
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Fröhliche Weihnachten!!


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半長靴:サイコロつぼ(Knobelbecher)

こんにちはエーデルマンです。
最近めっきり寒くなりましたね。街中でブーツを履いている女性を見かけると、どうしてもドイツ兵の半長靴を思い浮かべてしてしまいます。ということで、今回はドイツ軍の半長靴(Marshstiefel)を紹介したいと思います。

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半長靴は以前にも取り上げていますが(過去の記事はこちら)、今回は趣向を変えて、今回は文林堂出版さんの「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」に掲載されていた、「Westfront-illustrierte」を翻訳した記事を引用しながら半長靴を紹介したいと思います。

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(著作権上、コピペがまずかったら消しますので教えてくださいませ m(_ _;)m)

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「Westfront-illustrierte」誌 1941年8月号より ヘルムート・ヤーン記

新兵としてその靴を履いたら、それに愛着を持つことになるとは思いたくもないだろう。この靴は決して美しくない。履物として一般に想像されるものとはあまりにも共通点が少ないのだ。この靴は軍隊用語で「クノーベルベッヒャー(サイコロつぼ)」と名づけられている。
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-

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確かに兵用のブーツは将校用に比べるとスマートでは無いですが、〝機能美〟はあるのでは無いでしょうか。
ところでサイコロつぼ(クノーベルベッヒャーKnobelbecher)ってどんなモノ?とネットで調べてみたら、下記の画像がヒットしました。
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↑がサイコロつぼで↓が半長靴です。すね部分が筒型のところや縫い目は確かに似ていますね。
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この半長靴は兵士のために造られたものである。考案者は偉大な実用者だったに違いない。もちろん彼は芸術愛好者ではない。趣味と感覚的に優れた彼はこの半長靴を決していい作品だとは思わなかっただろう。美的には評価は低いが、軍事上の評価は上回る。軍事教官(将校)はこの半長靴をサイコロ・ゲームのつぼから出た目の「19」に例えているようだ。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-

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さすがは軍用品、外観では無く100パーセント実用性重視です。このサイコロ・ゲームの「19」はバカラの「9」みたいなものでしょうか?良く分りませんが、軍事教官(プロ)にして評価が高いということでしょう。

実際に半長靴を使用したことがある者は、その使い方によって寿命が左右されることを知っている。この半長靴の中でも最もランクの低いものに対し、最も献身的な手入れが施され扱われているということは考えれば不思議なことである。
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-

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支給品の手入れは兵士の務めでしたが、特に軍靴は顔が映るくらい毎日ピカピカに磨くよう厳しく指導されました。軍靴は〝歩く〟ことが日常の歩兵にとって最も使用頻度の高い道具であり、ずさんな扱いは命に関わることを頭より体で覚えさせる目的もあったと思います。

学歴、宗派、貧富、老若、体の大小に関係なく、陽気な者も短気な者も皆、この半長靴を履き、ブラシをかけて泥をたたき落とししては洗い、クリームを塗ってピカピカに磨きあげ、油を塗りつけては息を吹きつけて艶出しに努める。彼らはさらに先の尖ったもので靴底の鋲の間につまった砂をかき落とし、わざわざそのために造られた木製の道具で靴の内側の白い縫い目から注意深く汚れを取り除く。
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-


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ブラシには1.靴に付いたほこりや汚れを落とす、2.靴クリームを革に塗り込む、3.靴クリームを落とし磨く、という3種類の用途あり、大抵は3種類1セットとなっています。

もちろん、彼らはそれをいつでも喜んでやっていたわけではない。いやが上でも武器とつき合わなければならない軍人としての立場から、靴ブラシとつき合っているのである。
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より- 


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軍靴の手入れ用品は官給品・私費購入いろんな種類があります。兵士は背嚢に入れて持ち運び、前線でも手入れを欠かしませんでした。
手入れ品についてはこちら
背嚢の中身についてはこちら

それでも兵士たちはこの半長靴を高く評価し、次第に好きになっていった。それはもちろん一目惚れではない。確かにそうではないが、彼らは最初のかかわり合いから時間が経過するにつれて理解と分別を働かすようになり、軍隊生活において実際にテストをくり返していくうち、実用的で長持ちするこの半長靴に愛着を覚えはじめ、すっかりと自分の足に馴染むようになる頃には喜びさえ覚える。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-


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昔から〝靴を足に合わせるのではない、足を靴に合わせろ〟と言われている通り、支給されたばかりの頃は固靴に最初は馴染めず、タコやマメを作りながら足と靴は夫婦のように寄り添っていったのでしょう。

クノーベルベッヒャーはごく普通の靴で、最もありふれた長靴である。それなのに決して平凡な靴ではない。バックスキンのあて布付きのエレガントな靴、トカゲ革やヘビ革製の靴、狩猟用の靴、鞣した牛革や山羊革の靴の方がずっといいに違いない。だが、この半長靴には独特の個性がある。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-
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ドイツ軍の半長靴や編上げ靴はありふれた形なので、ドイツ軍が使用したものかどうか一目で判別するのが困難です。官給品には写真のようなサイズや製造年を示す刻印がありますが、私費購入や搾取品には無いのでドイツ軍で使われたものか分かりません。
なおドイツ軍の靴の特徴についてはこちら

この靴は実直な性格ながら鈍重で、温厚で強くて履き主に忠実なのだ。これまでの靴はどこかの沼地や、ぬかるんだポーランドの畑の深い泥土にはまり込んでしまうと絶対に救いようがなかった。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-


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東部戦線の泥まみれの悪路では頑丈な半長靴の存在は頼もしかったと思います。

この靴は自然のままで大地に結びついている。その性質上、過度の洗練を嫌う。これは寄木張りの床を嫌い、大都市にあるよく磨かれたアスファルトを好まない。彼らは外交官ではなく、兵士なのだ。ハイヒールが品良く優雅に振る舞うような場所では彼らの足はツルツルと滑る。小川の流れる道や、土埃が吹き抜ける畑の上、雨でできた茶色の水溜まりのある場所こそが彼らには相応しい。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-


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軍靴と言えば鋲(ホブネイル)ですね。民間靴でも登山や作業靴に使用されていて、ビブラムソールが発明されるまで、滑り止め用として一般的でした。しかし、石畳や平らな床ではツルツルと滑ったと思われ、まさに大地に結びついているという表現が当てはまります。滑り止め以外に、靴底の摩耗を防ぐ目的もありました。

彼らの靴は見かけは国際的とはいえないが、大陸的にはもっとも適したものといえる。彼らが歩くところに道ができ、彼らの進むところに障害物はない。彼らの靴底にある鋲が道路の石の上でカチャカチャと音を立て、全身する部隊がザクザクと協調のシャルマイエ(ドイツの木製楽器)を奏で、周囲の物音をすべてかき消してしまう。それは叫び声や抗議の声にも反応を示さない。それは命令によってのみ行動される。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-


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しかしながら鋲には欠点もあります。Wikipediaを引用すると〝鋲は鉄製なので冬場は猛烈に冷え、またよく抜ける上に補充するとその周囲の鋲が連鎖的に抜けるなど欠点が多く、ビブラムソールの登場とともに駆逐された。〟ようです。

ドイツ軍人の半長靴は敵の間ではわけもなく力の象徴とされているわけではない。オーバーな表現やあらゆる欺瞞的な策略を問題にせず、兵士たちは黙々と行進し続けるのである。 
-「航空ファン 別冊グラフィックアクション26」より-

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半長靴は戦場で酷使され、また戦後に民間で消耗されてしまいますが、それでも手入れがきっちりされたものは非常に良いコンディションで今でも残っています。


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M44雑嚢 (Brotbeutel 44) 最末期型

今日は大戦末期に生産されたM44雑嚢(Brotbeutel 44)のバリエーションをアップします。

雑嚢の正式名称はBrotbeutel=パン袋ですが、兵士が常にパンを入れていたのかには疑問符が付きます。
なぜなら通常軍隊では部隊が食糧を管理しており、兵士には日に3度、1食分のみを支給することになっている中で、兵士が主食であるパンを雑嚢に入れて持ち運ぶということはあまり無かったと考えます。(チョコレートやクネッケブロートなどの携行食は入っていたかも知れません)

雑嚢というだけあって食糧以外、例えばノルマンディで捕虜になった第85歩兵師団の兵士が持っていた雑嚢には、雑嚢ストラップ、略帽、ブラシ(歯ブラシ?)、缶切り、エスビット、ラードケース、懐中電灯、髭剃りセットが入っていたようです。

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投降後、雑嚢の中身を調べられるドイツ軍兵士。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、こちらがM44雑嚢のバリエーションです。(ここでは便宜上〝最末期型〟と呼びます)


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一般的な雑嚢の体は成していますが、M31雑嚢はもちろん、M44雑嚢に比べても、かなり省略されています。さらに左右のループの長さが違っているなど、いかにも末期的な造りになっています。

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在庫になっていた雑嚢ストラップを適当な長さに切って縫い付けた感じです。

 
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M44雑嚢(左)との比較です。最末期型には真ん中のループがありません。

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飯盒や水筒を固定する革ループの形状の比較。最末期型は革ループがひょうたん型でリベット止めとなっています。
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後ろから見た写真。雑嚢ストラップ用のDリングや、底部にマチがある縫い方は同じです。

この雑嚢は1944年11月に採用されたM44雑嚢よりも、さらに省略されたものなので、M45雑嚢と命名しても良いかもしれません。しかし、敢えてM44雑嚢のバリエーションとした理由は内部を見ていただければ分かります。
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こちらが内部の写真。M44雑嚢の特徴であるM34クリーニングキット収納ポケットがこの雑嚢にも付いています。
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写真ではハミ出ていますが、きちんと収納することができます。
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このように内部の造りはM44雑嚢と共通点が多く、違いは革の節約でしょうか?ストラップが短くなっている点のみです。

ネームタグが縫い付けられています。
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官給品は個体差が無いため為、所有者が誰か分るようイニシャルが刺繍されたネームタグを縫い付けることとされていました。

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こちらは歩兵操典「REIBERT」の中の装備品に付けるネームタグとスタンプについて記載されたページ。
このようなレギュレーションがあったにも関わらず、実際はほとんど実行されてなかったようで、ネームタグが付いた装備品はあまり見かけません。私も現物を見るのはこの雑嚢が初めてです。

この最末期型の雑嚢ですが、どのような資料本にも載っておらず、果たして大戦当時のものかどうか判断がつきませんでした。そこで、いつも参考にしているフォーラムで写真を載せて意見を募ってみることにしました。

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このフォーラムには詳しいコレクターが多く、真贋については辛口評価で有名です。なので〝戦後改造品〟や〝フェイク〟と評価されるのは覚悟の上でした。

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ほっ、、、大戦末期の雑嚢と判定されました。(コメントをくれたのは2人だけですが・・・)

さて、雑嚢の中身に戻りますが、以前紹介した初期型のM31雑嚢にも同じようなポケットが後付されていることから、クリーニングキットは必須アイテムであることは間違いありません。
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ところで今日一日、最末期型の雑嚢が写っている当時の写真を探しているのですが、普通のM44雑嚢さえ見つけることができません・・・(涙)
大戦末期の写真は捕虜のドイツ兵を撮影したものが圧倒的多数で、武装解除された兵士のほとんどはウエストベルトを外しており、容量の少ない雑嚢は人気が無いのか持っていないケースが多いです。

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前から4人目の兵士が、ストラップでたすき掛けにした雑嚢がどのタイプかは神のみぞ知るです。


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M43野戦服 (Feldbluse 43)

M43野戦服(Feldbluse 43)は、ますます戦局が厳しくなり物資が窮乏する中、ドイツ陸軍に採用された下士官・兵用の野戦服で、4つポケットが付いた最後のモデルになります。
この野戦服は肩章は無いですが、袖のエーデルヴァイス部隊章から山岳猟兵(Gebirgsjäger)に支給されたものだと分かります。


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ドイツ軍の野戦服とは思えない茶色味の強いフィールドグレイですね。(フェルトグラウ44と言うようです)
この頃の生地はウールと再生繊維の混紡率が高くなっており、初期のウール100%の野戦服に比べると厚みもなく手触りも良くありません。
1939年以降、占領国から摂取したウールが戦闘による消耗で枯渇してきたことがうかがい知れます。
ドイツや占領国で生産されたフェルト生地以外に、緑色味の強いイタリア生地もこの頃の被服には多く使われています。
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ポケットのスタイルの変遷。M40/M41野戦服からM42野戦服に変わった時にポケットにあったプリーツが省略され、M43野戦服ではポケットの雨蓋(フラップ)がフラットな形となります。
これは生産性の向上が主な理由とされています。プリーツの省略はともかく、雨蓋の変更はそれほど変わらないような気がしますが、後世のコレクターにとってはバリエーションの収集という苦しみ楽しみを与えてくれます。

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こちらは後ろから見た写真。それ以前の野戦服とほとんど違いはありません。


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内装は光沢のある合成繊維。レーヨン製、あるいはナイロン(ペルロン)製のどちらかだと思いますが、素人の私には見分けが付きません。



Ruhetag The Day-to-Day Life of the German Soldier in WWII: Health and Hygiene

この本では大戦中のドイツ兵の日常品の実物が鮮明な写真でたくさん紹介されているのですが、巻末に当時の繊維産業についてかなり詳しい情報が載っています。

たとえばフランス占領後に、どれだけ大量の羊毛が摂取されドイツ軍で使用されたか、やレーヨンやナイロン(ペルロン)合成繊維の種類や歴史、ウールの染色方法、そして当時の繊維の見分け方などが11ページに渡って書かれています。

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合成繊維の特徴や『Signal』や『Der Adler』と言った兵士向けの雑誌に掲載された記事。

さて繊維の見分け方ですが、確実なのは顕微鏡検査だそうで、他にも化学検査、燃焼検査があるそうです。
一般的なコレクターにとって一番手っ取り早いのは燃焼検査ですが、貴重な野戦服に対してそんな愚行を犯すコレクターはいないでしょう。もちろん、私にもそのような気持ちは毛頭ありません。

内装の続きです。

M41野戦服までは内蔵サスペンダー(Tragegurte)は別個に存在していましたが、M42野戦服でライナーと一体化し、M43野戦服もそれを受け継いでいます。
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ベルトフック用ループのクローズアップ。
ループには専用に造られたタイプと、内蔵サスペンダー(Tragegurte)を再利用しているタイプの2通りがありますが、この服のループは後者のようです。なお右から二番目のループの穴の径が他の3つとは違うものになっています。


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サイズのスタンプ。WB. 43はヴュルツブルクにあった被服廠もしくは補給所に1943年に納品されたことを意味します。


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この襟章は40年制定の共通兵科でマウスグレーとなります。


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襟の裏側は定番のヘリンボーンツイル。


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胸章はフィールドグレー地にマウスグレーの刺繍タイプです。
この胸章は上辺を最初に縫い、その後下に折り返して下部をミシンで縫うという、M43規格帽の帽章と同じ方法で縫い付けられています。



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山岳部隊章

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こちらはM34/35野戦服の山岳部隊章ですが、デザインが違います。


ところで山岳部隊では、歩兵部隊で〝Schütze〟と呼んでいる二等兵のことを〝Jäger〟と言うようです。
ただし一等兵についてはOberjägerでは無く、通常通りOberschützeと呼んでいます。
(ちなみに山岳部隊では、OberjägerはUnteroffizier=伍長となります。ややこしいですね・・・)

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最後に『FELDBLUSE The German soldier's field tunic 1933-45』からお借りした写真。
ノルマンディで英軍兵士に荷物検査を受ける山岳猟兵。
左端と右から二人目の兵士がM43野戦服を着用しています。
どこか少年の面影を残している右端の二人は、記章からもJägerと思われます。


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陸軍下士官・兵用バックルとベルト(末期型)

本日は大戦末期に生産、陸軍下士官・兵に支給された鉄製バックルとベルトを紹介します。
1941年のモスクワ攻防戦、42年のスターリングラードの戦いで大敗北を喫し人的・物資的な大損害を受けたドイツ軍は、兵士に支給する装備の省資源化をすすめ、質よりも量を優先するようになります。

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大戦末期(1944~45年)の国防軍兵士の軍装。
M44野戦服M43規格帽M44雑嚢、そして今回紹介する末期型バックルとベルトです。なお、ショカコーラのパッケージも鉄製から紙製に変更されました。

まずは末期型のバックルから。
M44B_1.jpg
鉄製のパンツァーグラウ塗装で典型的な後期型バックルの特徴を持っています。材質についてですが、初期型バックルはアルミで作られていましたが、アルミは航空機の材料で貴重となった為、かなり早い時期(41年頃)に、鉄製に変更されています。(アルミ製品が鉄製に置き換わることになった背景についてはコチラ
末期でも、〝GOTT MIT UNS〟(神は我らと共にあり)」の文字や国家鷲章のデザインは変わっていません。

 M44B_2_1.jpg 
裏側です。42年頃から省略される革タブがこちらにも付いていません。
なおベルト穴を通す爪の部品が、茶色くエナメル加工されていることがお分かりでしょうか?このエナメル加工は、防錆以外にベルト穴の出し入れを滑らかにするという効果があると考えます。

M44B_18_2.jpg  
「J.F.S」の刻印があります。(製造メーカーコードで、Gablonzにあった、Josef Feix & Sohnes社)

次に末期型ベルト(M44ベルト)を見ていきましょう。
M44B_7.jpg

M44ベルトには、それまでのベルトとは外観上違う点があります。

M44B_22-1.jpg
通常の下士官・兵用ベルト(上)M44ベルト(下)との比較。M44ベルトは表からベルト穴が見えます。

M44B_20_1.jpg
通常のベルトはベルト本体と長さ調整用ベルトの二重になっていて、ベルト穴は表から見えないようになっています。

M44B_19_1.jpg
一方、M44ベルトは長さ調整用ベルトではなく、ベルト本体に開けられたベルト穴に爪を通すようになっています。
この省略された長さ調整用ベルトですが、薄い為に切れやすくなっており、切れるとベルトは使えなくなってしまいます。(切れた場合の対処法についてはコチラで記事にしています)

調整用ベルトを無くしたのは、材料の節約と生産性の向上に加え、使い易さを考慮した結果だと思います。

M44B_4.jpg
パンツァーグラウのバックルとM44ベルトは大戦末期の省力化モデルというよりは、兵士の声を反映させた進化形なのかも知れません。

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