Yサスペンダー (Koppeltragegestell für Infanterie) Part4

こんにちは。今週末は桜が見頃ですが、花粉症がマックスにひどくて家から一歩も外に出られないエーデルマンです。(平日は仕事なので外には出ざるを得ませんから、休日は極力引き籠っていたい・・・)
さて今日の日記のネタは、Yサスペンダー(Koppeltragegestell für Infanterie)となります。

Y-belt1N.jpg 
Yサスペンダーは、過去に何度も記事にしましたが、今回紹介するのは極初期型タイプとなります。
Y-belt11N.jpg 
Yサスペンダーが導入されたのは1939年4月で最初に作られたタイプは金具が全てアルミ製となっています。アルミは貴重な為、1940年頃にはスチール製に変更されます。(1940年製のYサスペンダーについてはこちらを参照) 

Y-belt3.jpg
メーカー名は判読できませんが、かろうじて「39」が読み取れます。
Y-belt2N.jpg 
ドイツ軍のベルト装備に共通する特徴ですが、体に触れる部分は皮の表側をなめしてスムーズにし、表側は皮の床面(裏側)を起毛処理しています。

Y-belt13N.jpgY-belt6N.jpg   
補助ストラップのジョイント部分。ジョイント金具もアルミ製です。

Y-belt7N1.jpg   
中央のリング部分。初期の補強革は黒染めですが、中期・後期のタイプは茶色に染められています。(後期タイプはこちら

Y-belt17.jpg 
裏側は当て革があり、金具が体に直接当たらないようになっています。

Y-belt8N.jpg Y-belt9M1.jpg    
ベルトフック部分。こちらも金具はアルミ製。

Y-belt15.jpg
補助ストラップのフック金具。前後の可動が可能になっています。(後期タイプになるとバックルと一体型になります)

Y-belt10.jpg
フック金具の裏側にあるメーカーロゴ。

Y-belt16N.jpg 
Aフレームに接続するDリング。

20090115_001.jpg 

今回、最初にYサスペンダーについて書いた日記(2010年)を読み返してみましたが、当時は「実物の残存率は結構高く150~200ドルで取引されております」だったんですね~。最近では入手しづらくなっており、価格は当時の倍以上になっています。

Y-belt14.jpg

こちらはこの記事をアップした時点で開催中のオークションのスクショですが、後期タイプが既に4.5万円を超えてしまっています。もし3万円以下で見つけたら購入することをお勧めします。


FC2 Blog Rankingに参加しています。

←ポチっと応援お願いします!

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
スポンサーサイト

陸軍M34略帽 (Feldmutze 34) Part3

こんにちは、エーデルマンです。 本日はM34略帽 (Feldmutze 34)についてアップします。 
M34略帽はライヒスヴェーア時代の1934年11月に導入された略帽(=略式制帽)で、1942年にM42略帽が導入されるまで戦闘・作業帽としてあらゆる兵科で使用されました。 

M34earlycap_16N.jpg 
極初期のデザインは国家色のコカルデ(円形章)と兵科色のソータッシュ(山形ヒモ)が頭頂部に付いており、フラップ前面にはM42略帽のようにボタンが2つ付けられていました。(当時はヴァイマール共和制なのでもちろんハーケンクロイツ付きの国家鷲章はなし)ちなみにボタンは機能しない飾りボタンとなります。 

M35tunic32.jpg
1935年頃の写真。前列右側の兵士がM34略帽を被っていますが分かりづらいですね。

こちらの写真にはコカルデとソータッシュがはっきりと写っています。(STEINER氏所蔵)
M34earlycap_1.jpg 

1935年版のREIBERT(STEINER氏所蔵)
Bergmutze_0.jpg 

そしてライヒスヴェーアからヴェアマハトに組織が改編した1935年には、コカルデは金属製からBEVO製となりソータッシュと共に一段下のフラップ前面に移動、頭頂部には国家鷲章が縫い付けられます。 (初期帽章のベースカラーはライトグレー)
M34earlycap_33.jpg  
ここでは便宜上、左側のイラストの帽章の取り付け状態を1stパターン、右側を2ndパターンとします。

M34earlycap_21.jpg 
2ndパターンの略帽を着用する兵士。M34略帽とM34野戦服にはライトグレー地の徽章が付いています。角型肩章がダークグリーンなので、1935年後半以降に撮られた写真と思われます。
M34earlycap_32.jpg  
1935年9月10日付けの陸軍規程35年第505号(H.V.35,Nr.505)により、野戦服の襟がダークグリーンに変更されると、帽章のベースカラーも同色に変更されます。(右側の状態を3rdパターンとします)

こちらのM34略帽は3rdパターンで、1935年に導入された新型帽章が取り付けられています。
 
M34earlycap_18N.jpg   
M34earlycap_17N.jpg 
この略帽、よく見るとフラップ前面の縫い合わせの位置が右側に寄っています。これは1stパターンの略帽の特徴です。(この略帽を極初期型と呼ぶことにします)
M34earlycap_19N.jpg  
最初は1stパターン、次に2ndパターンの徽章が付けられていたものが最終的に3rdパターン付け替えられたのか、或いは1935年になっても極初期の縫製を工場が続けていたのか不明です。

それでは極初期型と、以前こちらで紹介した1940年製のM34略帽(工兵科)を比較してみましょう。

M34earlycap_1-2.jpg 
1940年製の方はフラップの縫い合わせが真ん中です。また極初期タイプの方は頭頂部の立ち上がり角度が垂直に近く頭頂部もフラットな為、被帽時に正面から見て四角いシルエットとなります。 
M34earlycap_31.jpg  
左側の国家鷲章はダークグリーン地にオフホワイト色の刺しゅう、40年製の方は1937年に導入されたダークグリーン地にライトグレー色の刺しゅうとなっています。


M34earlycap_2.jpg 
横から見たシルエット。極初期型は頭頂上辺が長尺の為、内側に深く折り込まれています。 

極初期型の内装とスタンプ。
M34earlycap_11.jpg 
コットン生地の裏地がフェルト生地本体に手縫いで取り付けられています。

M34earlycap_6.jpg 
サイズは58cm、1.は中隊番号でしょうか? 残念ながらメーカー名と製造年は判読不可能です。

M34earlycap_15n.jpg   
ベンチレーションホールの金具。亜鉛製で表面はエナメルでメッキされています。
 M34earlycap_9-1.jpg M34earlycap_9-2.jpg   

この略帽にはソータッシュが頭頂部に付けられた痕跡(縫い跡)がありません。また新型帽章の縫い糸は裏地に貫通しておらず初付けと見られる為、1935年の軍備拡大の折に新たに参入したメーカーによって作られた可能性があります。
M34earlycap_28.jpg

年表で見ると、1stパターンと2ndパターンの存在期間は非常に短く
なっています。実際に1stパターンはヴェアマハト以降は2ndパターンに全面的に切り替えられたと思われ、その為かオリジナル状態で現存している略帽はとんでもないレアアイテムとなっています。ただし2ndパターンと3rdパターンの違いはベースカラーのみ、なので帽章は在庫は無くなるまで使われ続けたと思います。

M34earlycap_22.jpg
丸形肩章を着用しているので1936年以降に撮影された写真と思いますが、ほとんどの兵士が2ndパターンの略帽を被っています。

最後になりましたが、貴重な1stパターンの
写真を掲載させていただいたSTENER氏に感謝の意を表します。


FC2 Blog Rankingに参加しています。

←ポチっと応援お願いします!

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

フードコンテナー (Essenbehälter) Part3

こんにちは、エーデルマンです。今週末は先週と比べるとだいぶ暖かいですね。気温が上がるのは良いのですが、同時に花粉が飛び始めるわけで、花粉症の私にとっては辛くて長い引き籠り生活のスタートとなります。引き籠り期間中は頑張ってコンテンツを充実させていきたいと思います。

さて、今回はドイツ軍が使用したフードコンテナー(Essenbehälter)のバリエーションとアクセサリーを記事にしたいと思います。
 Essenbehalter_N1S_201802121420186ea.jpg  
こちらは1942年製のフードコンテナーです。大戦初期~中期に製造されたタイプで当時の写真にも多く写っています。
Essenbehalter_N2.jpg 
フードコンテナーの使用目的については、以前こちらで説明しているので省きます。
Essenbehalter_3.jpg 
高さ40cm、横幅36cmです。本体はアルミ製でフィールドグレイで塗装されています。
12リッターもの食糧を入れて運ぶには、本体もなるべく軽い方が良いということで当時は貴重なアルミが使用されました。(どれほど貴重だったかはこちらの記事で説明しています)
  
しかし「軽い」「錆びにくい」と良い事尽くめのアルミですが、難点は写真のように塗装が剥げやすいところですね。

foodcontainer21.jpg
こちらの写真には、塗装が剥げて地肌が思いっきり見えているフードコンテナーが映っています。

Essenbehalter_25-4.jpg     
上部写真。持ち運び用の取っ手と蓋を固定する為の板金がリベットで取り付けられています。
Essenbehalter_N16.jpg    
蝶ナットとヒンジによるロック機構で蓋を密閉します。

Essenbehalter_N10.jpg

写真のように上蓋の裏側にはレードル(Schöpflöffel)が収納できます。(レードルについては後述)

Essenbehalter_7-1.jpg  
“CCJ 42”の刻印。CCJはF.W. Bröckelmann, Aluminiumwerk GmbH KGのメーカーコード。

Essenbehalter_37.jpg 

続いて後期のタイプを紹介します。

Essenbehalter_N5-1.jpg   Essenbehalter_N5.jpg 
こちらは1943年製です。
 Essenbehalter_N4-1.jpg  
初期型のフードコンテナーと形状は同じですが、材質はスチール(鉄)に変更されています。また1943年以降に採用された標準色、ダークイエロー(ドゥンケルゲルプ)で塗装されています。

Essenbehalter_N7.jpg 
戦中・戦後の保存状態は良かったようで当時の塗装が90%以上残っています。所々にサビ止めの赤い下地塗装(プライマー)が見えています。

Essenbehalter_19N2.jpg 
フードコンテナーは外容器と内容器の二重構造になっており、長時間保温することができます。内容器と蓋の裏側はスチール製で琺瑯加工されています。

Essenbehalter_14.jpg
初期型と並べて見ると加工の違いが分かります。初期型はリベット止め、後期型は溶接止めです。

Essenbehalter_16.jpg
上蓋には“djo” 43”の刻印。メーカーは残念ながら不明です。

NARA 3


アクセサリーの紹介です。まずは、レードル(Schöpflöffel)から。

 Essenbehalter_34-3.jpg 
フードコンテナー専用のレードルです。全長29cmで一杯分の容量は300mlです。アルミの鋳造製。
Essenbehalter_31.jpg  
Essenbehalter_28-1.jpg  
レードルはフードコンテナー上蓋の収納できるようになっています。取り付け金具には少し角度が付けてあって蓋を閉じる時にレードルが本体と干渉するのを防いでいます。
Essenbehalter_33.jpg   
こちらは大変珍しいスチール製のレードル。内容器と同じく琺瑯加工されています。

Essenbehalter_N18_20180212184558cd2.jpg

最後にストラップ。


Essenbehalter_23-1.jpg Essenbehalter_24-1.jpg 
フードコンテナーを背負って運ぶストラップには、全革製と革+ウェブ製の2種類があります。刻印を見る限り、全革製は戦前から大戦初期、ウェブ製は1943年以降に製造されたものが多い感じです。

Essenbehalter_20-1.jpg 
上部のバックル部分。全革製はアルミ製、ウェブ製はスチール製です。ウェブ製の革部分はコードバンのような材質です。

Essenbehalter_26.jpg Essenbehalter_27.jpg 
ストラップの下部。すぐに取り外せるようフックの形状をしています。

Essenbehalter_21.jpg
全革製は1939年製でBerlinにあったメーカー名とアムトが刻印されています。
Essenbehalter_22-1.jpg 
こちらは1943年製。”hla”はMetallwarenfabrik Treuenbrietzen GmbHのメーカーコード。

Essenbehalter_6-1.jpg 
ストラップを取り付けた状態。ストラップは丈夫な革で作られており、幅が広く負荷を分散出来るようになっています。
Essenbehalter_15.jpg
中期以降の組み合わせ。ウェブ製への切り替えは革の温存とは別に寒冷地対応もあったと思われます。

Bessarabia-Ukraine-Crimea-299.jpg 
フードコンテナーを担いで食糧を運搬するドイツ兵。温かい食事は疲れた兵士に生きる気力を与えたと思います。
一方で大きなフードコンテナーを背負った食料運搬兵は敵の狙撃手の標的になり易く、そのような危険な任務に就いた兵士はさぞかし戦友たちから感謝されたことでしょう。


FC2 Blog Rankingに参加しています。

←ポチっと応援お願いします!

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

山岳猟兵用背嚢(Gebirgsjäger Rucksack) その3

ご無沙汰しております。エーデルマンです。年末年始は何かと忙しく、ブログを更新できませんでした。

本日は初期型の山岳猟兵用M31背嚢(Gebirgsjäger Rucksack 31)を紹介します。
以前こちらで後期型の背嚢をアップしましたが、今回は初期型の背嚢となります。それでは特徴を見ていきたいと思います。

earlyGJRruck_1-1.jpg
まず初期型背嚢には革の縁取りがあります。この縁取りは戦争が激化すると工数削減や革の温存の為に省かれるようになります。この辺りは、M31衣嚢や突撃背嚢と同じですね。

earlyGJRruck_16.jpg
険しい山岳地帯を行軍する山岳猟兵の背嚢は消耗しやすかったようで、古い製造年のものほど残存数が少なく、コンディションもあまり良くありません。

GBRruck_0-1.jpg

一方、後期型は比較的ミント状態のものが多い感じです。こちらの背嚢もほとんど使われた痕跡がありません。

earlyGJRruck_2-1_20180127180734206.jpg
反対側。負革は生成り状態でいかにも"初期"です。同じく初期らしく金具は全てアルミ製です。戦時中のアルミの重要性についてはこちら

earlyGJRruck_5.jpg earlyGJRruck_4.jpg 
ナス環はアルミ製削り出しで、ぽってりしています。弾盒用のフック金具は後期タイプのYサスペンダーと同じ形状です。

earlyGJRruck_3.jpg 
『RUDOLF KURZ BIETIGHEIM/WÜRTT 1940』の刻印があります。
earlyGJRruck_6-1_20180127191056527.jpg 
雨蓋を開けたところ。中身が飛び出さないよう主室はドローコードで縛れるようになっています。

earlyGJRruck_11.jpg
雨蓋の裏側にはベルトx3で留める副室があり、すぐに取り出したいものが収納できるようになっています。

earlyGJRruck_7-1.jpg  
雨蓋の裏側には、このようなパネルが別パーツで取り付けられています。これはループを縫い付ける台座の役割を担っています。なお、このパネルも後期型では省略されています。

earlyGJRruck_14.jpg 
こちらは別の背嚢の同パーツ部分の写真ですが、破れているので中身が見えます。どうやら材質は樹脂のようです。

earlyGJRruck_8.jpg
ドローコードの先端は金具が取り付けられており、さらに抜け防止用にカシメられています。

earlyGJRruck_10.jpg
ネームタグを発見。この背嚢は、M.HARTELさんの所有物だったようです。

Marcel_Hartel_2017.jpg
ちなみに『M.HARTEL』で検索すると、ドイツ人のサッカー選手がヒットしました。内田篤人選手が在籍するウニオン・ベルリンのMFのようです。ケルン出身22歳。

今回は初期型背の特徴を取り上げましたが、初期型の良い点はなんといってもメーカーや年号の刻印がある点ですね。

下記は、戦前に作られた背嚢。
earlyGJRruck_12.jpg 
『X.ESTER AUGSBURG 1936』

earlyGJRruck_15.jpg 
同じ背嚢に押された第一山岳師団 第99山岳猟兵連隊 第5中隊のスタンプ。

輜重部隊や糧食部隊が随伴できない山岳地帯を行軍する兵士にとって、容量の大きい背嚢は生命を守る大事なアイテムだったと思います。今回紹介した背嚢はどちらもかなり使い込まれており、補修しながら大事に使っていたことが分ります。
earlyGJRruck_18.jpg


FC2 Blog Rankingに参加しています。

←ポチっと応援お願いします!

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

双眼鏡 (Doppelfernrohr) Part5

今年もあと一か月弱ですね、皆様いかがお過ごしでしょうか?
最近、戦闘工兵の装備が気になって仕方がないエーデルマンです。戦闘工兵は山岳猟兵にも勝るとも劣らない専用装備の多さですが、頑張って収集してみようかなぁ。まぁ、じっくり焦らず良いのがあったら無理せずアップしていきたいと思いますので乞うご期待! (って、誰も期待していないか・・・)

さて、今回紹介するのは以前アップした6倍率のベークライト製の官給双眼鏡(cxn)専用の収納ケースです。

Binocase_10.jpg   
本体は圧縮した紙で作った人造皮革(Presstoff)製で、ベークライト製の双眼鏡と同様、戦争末期の物不足が背景です。といってもさすがドイツ製、決して粗雑では無く丁寧な造りです。

DSC09428.jpg

ケースの裏側。ベークライト製の双眼鏡ケース同様、革製のベルトループが本体と蓋の蝶番を兼ねています。ほとんどの双眼鏡ケースのショルダーストラップは欠品していることが多いですが、こちらは偶然にも残っています。

Binocase_6.jpg  
内部は双眼鏡の接眼部が底部に収まるよう仕切られています。

Binocase_8.jpg
当然ですが、双眼鏡がすっぽりと収まります。

Binocase_3.jpg
Emil Busch A.-G. 社のコード『cxn』と『WaA326』、『4』は44年の意味でしょうか。

Binocase_4.jpg
ラッチの金具部分には『frn 44』(Rudolf Lang Federn-Draht und Metallwarenfabrik 44年製)の刻印があります。

このケースですが、他の人造皮革と同じくサンドイエロー色のバリエーションが存在しています。
image027.jpg
(こちらはネットで拾った画像)

ベークライト製双眼鏡と。ちなみに本体よりもケースの方が入手が難しいというパターンが多いですが、このケースの場合もそうで、双眼鏡はあれどケースが無くやっと入手することが出来ました。まぁ、どうでも良いマニアックな悩みですが。

冒頭で話した工兵の装備もそのようなので、今からワクワク戦々恐々としています。
Binocase_7.jpg


FC2 Blog Rankingに参加しています。

←ポチっと応援お願いします!

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

分隊用ストーブ (ARARA 37 Feldkocher fur ein Gruppe)

突然ですが、ビットコインがすごい値段ですね!今よりずっと安い時に友人から購入を進められたのですが、当時はバーチャルなマネーを買う勇気も無くぼけーと見ている間にどんどん値段が上がっていきました。あの時に買っていれば、利益だけで何個も騎士十字章が買えましたのに。。。軍装品のように『買わない後悔よりも、買ってする後悔』を選ぶべきでした。

さて本日のネタはドイツ軍が戦時中に使用したとされるストーブ『ARARA 37』です。 

ARARA37_9.jpg 

既にこちらでも紹介していますが、ドイツ軍は当時市販されていた『JUWEL 33』と『ARARA 37』を分隊ストーブとして兵士に支給しました。
2_20120219005847.jpg 

以前紹介したARARA 37は、ストラップ以外はJUWEL 33とほとんど同じ外観です。塗装がブルーグレーなので空軍で使用されていたのかもしれません。

 
ARARA37_3.jpg

今回のものはフィールドグレー塗装で、大きな違いは風防の上下部分にねじが切ってあるところです。ただし下蓋には風防に合せてねじ切りがされていますが、上蓋はブルーグレー塗装の個体と同じく縁に4か所ストッパーがあるだけです。


ARARA37_7.jpg

上蓋には『ARARA 37』の文字がありますが、下蓋はフラットになっています。戦時中に使用された軍装品にはよくあることですが。別の個体の蓋と入れ替わったのかも知れません。


DSC09400.jpg

ストーブ本体はロゴ以外、JUWEL 33と同じです。こちらのようにヴァッヘンアムトは見つかりませんでしたが、タンク部がダークイエロー(ドゥンケルゲルプ)で上塗りされていることから、ドイツ軍に使用されていた可能性は高いと思っています。


FC2 Blog Rankingに参加しています。

←ポチっと応援お願いします!

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

山岳ズボン(Berghose)

こんにちは、エーデルマンです。すっかりと冬らしくなった今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?
本日は山岳ズボン(Berghose)をアップします。今回はコレクター仲間である冬野ソナタさんと Köpkeさんのご厚意により、両氏のコレクションも併せて紹介します。

20171120190902722.jpg
山岳ズボンは山岳猟兵(Gebirgsjäger)に支給されたズボンで山岳靴(Bergstiefel)ゲートル(Gamaschen)を着用する為、最初から膝から下を絞ったデザインとなっています。


Berghose_1-3.jpg Berghose_1-4.jpg  
こちらは戦前に製造された極初期の山岳ズボンです。緑色が強いフィールドグレイ生地から、国境警備隊(Zollgrenzschutz)に支給された山岳ズボンと思われます。

Berghose_4.jpg
まずは山岳ズボンの特徴である裾部分から。脱ぎやすいようスリットが設けられおり、端はボタンで留めるようになっています。

Berghose_10-1.jpg  
裏はコットン生地で補強されています。

Berghose_2-1.jpg
フロントポケットと懐中時計用ポケットには、雨避けのフラップが付いています。サスペンダーを取り付ける4つのアルミ製の皿ボタンが付いているのは、ストレートズボンと同じです。
Berghose_3.jpg 
内装もストレートズボンと同じく白いコットン生地になっています。

Berghose_9.jpg 
“社会の窓”はボタンフライでかつ山岳ズボンの標準仕様の黒いプラスチックボタンです。ボタンホールはグレイのコットン生地で補強されています。


Berghose_5.jpg 
ウエストの調整ベルトは両サイドにあります。
Berghose_6-1.jpg
背後のカットもストレートズボンと同じです。

こちらはフランスとの国境に配置された国境警備隊の写真。
Berghose_8.jpg


続いて冬野ソナタさん所有の大戦初期の山岳ズボンを紹介します。

Berghose_early_1-1.jpg 
戦前・大戦初期のドイツ軍のズボンといえばストーングレイ(Steingrau)ですが、ほとんどが大戦中に消費されてしまった為、種類・状態に関わらず希少です。その中でも山岳ズボンは非常に珍しく、しかもミント状態という超超レアな逸品です。

Berghose_early_3.jpg 
ズボンの裾の状態。ストラップを土踏まずの下に通し、細紐を穴に通した後、足首に巻き付けて結びます。(一番下の写真の左側兵士の足首を参照)

Berghose_early_2-1.jpg 
このズボンも“社会の窓”がボタンフライになっています。

Berghose_early_5.jpg 
調整ベルトの金具はスチール製で黒染めされています。

Berghose_early_4.jpg
内装のスタンプ。股下 88cm ウエスト82cm 全長114cm 腰周り98cmで1941年製です。一般的にズボンの色は1940年頃からストーングレイからフィールドグレイに変更されますが、生地は在庫がある限り使われる為、1940年以降もストーングレイ色のズボンは製造されています。

こちらも冬野ソナタさん所有の1941年製の山岳ズボン。

Berghose_late_1-2.jpg
フィールドグレイ色生地で大戦中のもっともポピュラーな山岳ズボンです。臀部と内股の部分が丸い布で補強されていることが分ります。これはこの部分が特に摩耗しやすい為で、乗馬ズボンにも同様の補強がされています。(乗馬ズボンの場合は革)
またこの当て布は1943年採用のカイルホーゼ(Keilhose)にも適用されます。

Hammber10.jpg 
この写真のように登攀ロープによって擦れて摩耗することも多かったと思います。
Berghose_late_2.jpg
こちらのズボンも内装は白いコットン生地です。

Berghose_late_3.jpg 
サイズスタンプ。股下 79cm ウエスト88cm 全長114cm 腰周り102cmとなります。“WB41”はバイエルン州のヴュルツブルク(Würzburg)の被服廠で1941年製。

最後に Köpkeさん所有、1944年製の山岳ズボンです。

Berghose_Policai_4-2.jpg
こちらはSS-Polizei-Gebirgsjager-Regiment所属の隊員若しくはGendarmerie(国家地方警察)所属のHochgebirgsjägerに支給されたズボンとのこと。カイルホーゼ(Keilhose)に近いシルエットです。

Berghose_Policai_5.jpg 
このズボンの特徴として土踏まずに通すストラップの両端が本体に縫い付けられています。

Berghose_Policai_6.jpg 
M43野戦服によく見るレーヨン生地の内装です。また社会の窓の一つ目のボタンが内側に付いているところがこのタイプのズボンの特徴です。
Berghose_Policai_7.jpg 
サイズスタンプとRB.Nb。股下 110cm・・・恐らく全長110cmで、76cmの方が股下でしょう。

GJRb-20.jpg 
最後に、貴重なコレクションを公開することを快諾いただいたKöpkeさんと冬野ソナタさんに感謝の意を表します。豪華にもオリジナルの山岳ズボンを4本同時に紹介することができました。


FC2 Blog Rankingに参加しています。

←ポチっと応援お願いします!

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
NEXT≫
Profile

エーデルマン

Author:エーデルマン
脳内の99%をドイツ軍が占めている、そんなアラフィフ親父です。
注)当時のドイツ軍の装備・生活用品に興味がありますが、特定の団体・思想を支持するものではありません。

↓管理人へのMailはこちらからどうぞ↓

Category
FC2 Counter
Comments
Archive
Links
eBay
エーデルマンの参考文献
Ss-brigadefuhrer Und Generalmajor Der Waffen-ss Theodor "Teddy" Wisch
Ss-brigadefuhrer Und Generalmajor Der Waffen-ss Theodor "Teddy" Wisch
個人秘蔵の未公開写真が満載でLSSAHファンは必読の書。著者は友人

WWII ドイツ軍兵器集 〈火器/軍装編〉 (1980年) ワイルドムック
WWII ドイツ軍兵器集 〈火器/軍装編〉 (1980年) ワイルドムック
長年教科書だった本。小宮氏の「ドイツ軍の全貌」の解説がすごい

最強の狙撃手
最強の狙撃手
ドイツ軍No.2スナイパーの回顧録。狙撃シーンもすごいが、当時の兵士の生活も垣間見れる一冊

第2次大戦ドイツ軍装ガイド
第2次大戦ドイツ軍装ガイド
鮮明な写真による軍装品説明はブログ写真撮影の参考にしています

ドイツ軍装備大図鑑: 制服・兵器から日用品まで
ドイツ軍装備大図鑑: 制服・兵器から日用品まで
軍装品のカタログとも言えるボリュームは圧巻。実は密かに打倒を狙っていたり・・・

第2次大戦ドイツの自動火器
第2次大戦ドイツの自動火器
実物のFG42実射レポートを読めるのはこの本だけ

“グロースドイッチュランド”師団写真史―東部戦線におけるGD機甲擲弾兵師団1942‐1944
“グロースドイッチュランド”師団写真史―東部戦線におけるGD機甲擲弾兵師団1942‐1944
ドイツ国防軍好きなら買って損はなし

図説ドイツ軍用銃パーフェクトバイブル (歴史群像シリーズ Modern Warfare MW)
図説ドイツ軍用銃パーフェクトバイブル (歴史群像シリーズ Modern Warfare MW)
ドイツの軍用銃の専門書でビジュアル的に見ていて楽しい

ドイツの小銃拳銃機関銃―歩兵兵器の徹底研究 (光人社NF文庫)
ドイツの小銃拳銃機関銃―歩兵兵器の徹底研究 (光人社NF文庫)
ドイツ軍用銃のバイブル的な書。ドイツ軍スナイパートップ3への一問一答が興味深い

Feldbluse: The German Soldier's Field Tunic, 1933-45
Feldbluse: The German Soldier's Field Tunic, 1933-45
M33からM44までドイツ陸軍の野戦服を網羅。特にM36以前の野戦服は必見

Rations of the German Wehrmacht in World War II
Rations of the German Wehrmacht in World War II
とにかく当時のドイツ兵が食べていた糧食にこだわった一冊

武器と爆薬―悪夢のメカニズム図解
武器と爆薬―悪夢のメカニズム図解
迫撃砲はどうやって砲弾を飛ばすのか?小銃擲弾は?ほかにも大砲や爆弾のしくみを源文マンガでわかりやすく解説

グラフィックアクション GRAPHIC ACTION 1993年 No.17
グラフィックアクション GRAPHIC ACTION 1993年 No.17
このシリーズは市場で見つけたら買うべし

ドイツ武装親衛隊軍装ガイド (ミリタリー・ユニフォーム)
ドイツ武装親衛隊軍装ガイド (ミリタリー・ユニフォーム)
WSS専門だけど全部実物!

鼠たちの戦争〈上〉 (新潮文庫)
鼠たちの戦争〈上〉 (新潮文庫)
映画「スターリングラード」の原作本的な内容だが100倍面白い

鼠たちの戦争〈下〉 (新潮文庫)
鼠たちの戦争〈下〉 (新潮文庫)


スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943 (朝日文庫)
スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943 (朝日文庫)
塹壕から故郷へ送った兵士の手紙が興味深い「クリスマスはドイツ風に」の章は涙なくしては読めません

ケルベロス 鋼鉄の猟犬 (幻冬舎文庫)
ケルベロス 鋼鉄の猟犬 (幻冬舎文庫)
ヒトラーが暗殺された後の撤退戦を描いた架空小説。小道具にこだわるところがマニアっぽい

Flag Counter
QR CODE
QR