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兵・下士官用制帽(Schirmmütze)その2

こんにちは、エーデルマンです。3連休の中日いかがお過ごしでしょうか?政府からは我慢の3連休と言われていますが、昨日・今日のような快晴だと我慢できずにGo toしてしまうのは仕方が無いですね。しっかりと感染対策をして外出しましょう。

今回も前回に続き、制帽(Schirmmütze)を記事にしたいと思います。

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こちらはテラーフォルムの兵・下士官用で、ライヒスヴェーアからヴェーアマハトへ移行直後に生産された制帽と思われます。

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1939年製の制帽との比較。鉢巻のフェルトの色が左から右に変わるのは、野戦服の襟が1935年10月にモスグリーンからダークグリーンに変更されたタイミングと完全に同期しています。(襟の変更の時期についてはM34野戦服の年表を参照下さい)

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こちらは山岳部隊へ支給された制帽ということで入手しましたが、パイピングの色が1938年製の制帽と比べると若干暗いグリーンの為、軍属(Beamten)向けの可能性もあります。なおドイツ軍の軍属についてネット上の説明を引用します。

ドイツ軍における軍属のほとんどは将校と同等にランク付けされました。中には上級下士官(Unteroffiziere mit Portepee)ランクも存在していました。彼らは陸戦法によれば軍隊のメンバーでしたが、ドイツ軍の定義では「兵士」ではありませんでした。軍属としての権限はその専門分野に限り拡大、兵士とは異なり、その権限は上位の者にまで及ぶものの、部隊の指揮を執るまでは不可能でした。(中略)人事、供給、ロジスティクスの機能を実行するものに加えて、牧師、医師、バンドマスター、獣医も軍属でしたが、彼らの制服は基本的に区別できる記章を持つ現役の将校のものであるという点で他の役人のものとは大きく異なりました。
-Administrative Officials (Beamten) - Landser-
※Google翻訳なので不自然な表現があることはご容赦ください。

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陸軍工廠の主計官。襟章は士官用ですが、肩章から上級曹長と思われます。(軍属はランクに限らず自費で勤務服・制帽の購入が義務付けられていましたが、特別に士官グレードの衣服・徽章を選択することが出来ました)

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こちらは米軍が1943年に作成した国防軍の兵科色(Waffenfarben)の一覧表で、山岳猟兵(Gebirgsjäger)と猟兵(Jäger)がライトグリーン、軍属(Beamte)がダークグリーンとなっています。

少し脱線しますが、この表の山岳猟兵と装甲擲弾兵(Panzergrenadiere)の兵科色があべこべになっているのでは?と思った人は山岳オタクです。

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この図はドイツ語のWikipediaの"Waffenfarben des Heeres (1935–1945)"の兵科色一覧から抜粋です。(※Panzergrenadiertruppe ab 1943は1942の間違い)

現在はこの配色が正しいと認識されており、実際、当時の略帽のソーターシュや肩章のパイピングもこの通りとなっています。ただし、山岳の肩章についてはJägergrünとWiesengrünが混在して使われていたようで、同じ部隊で2色が使用された例も散見されます。(恥ずかしながら今までJägergrünという表現があることを知りませんでした)

参考までに山岳=ライトグリーンとなったのは、39/40年のドイツ軍の資料に"Hellgrün(明るい緑):Jägerbataillon der Infanterieregimenter, Gebirgs-Jäger-Regimenter"とあった為だが、これは当時の誤記であり、本来この二兵科は異なったグリーンの兵科色で区別される規定になっていた、とドイツ軍研究家の方から情報をいただいたことを付記します。恐らく、その資料を入手した米軍がライトグリーンと直訳、現在に至ったのでは無いかと思われます。
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それでは話をこの制帽の兵科色に戻しましょう。
後頭部の真ん中のパイピング(矢印)に注目下さい。この部分のパイピングはトップに隠れる為、オリジナル状態が保たれ易く、兵科色の判断にも役立ちます。明るいグリーンの色合いから軍属では無く山岳部隊と思いますがいかがでしょうか?

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皿がトップ入っているかのような形が、テラーフォルムと言われる所以です。中央が高い新しいタイプのコカルデが付いています。

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内装は典型的な褐色のコットン製で鍔の裏側はタン塗装となっています。セルロイド製のシールが残っており、サイズスタンプ”56”が押されています。

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最期に製帽の歴史について少し記述したいと思います。

鍔付き帽子の原点はプロイセンが1867年に導入した士官帽とされていますが、当時はチンストラップが無く、トップも低いシンプルな形でした。

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M1867制帽です。鍔付きは士官用で兵用は鍔無しでした。プロイセンのコカルデが付いていますが、当時は領邦国家体制だった為、ドイツ国家色(赤白黒)のコカルデはありません。(1871年のドイツ統一後、国家色のコカルデが頭頂部に付くようになります)

第一次大戦前にフェルトグラウへの変更(1907)、チンストラップの導入(1910頃)、またトップも筒型からテラーフォルムやザッテルフォルムの原型と言える形状への変化も見られます。

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第一次大戦前から戦中にかけて制帽は左から右に変化していきます。なお、制帽の鉢巻が青色だったり赤色と目立つ色だったのは、当時の戦場は黒色火薬の使用で煙が蔓延する中で士官の居場所を把握する為だったようです。第一次大戦では小銃の性能が向上、目立つ色は狙撃の標的になり易い為、フェルトグラウなど目立たない色に変更されます。


一連の写真は『German Army Visor Caps 1871-1945』からお借りしました。制帽の歴史を豊富な写真で説明しており、大変勉強になります。(加えてこちらのサイトも参考にしております)

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柏葉リースはヴァイマール共和国時代、アドラー(国家鷲)は1935年10月に採用されます。左が旧型のニッケル製の帽章で、右が新型のアルミ製の帽章です。

製帽は服と同じく官給・私費購入に関係なく改造、少しでも恰好良く見せる工夫がいたるところで見られます。今回は無改造の官給品を紹介しましたが、今後、将校用やクラッシュキャップなども入手する機会があれば順次アップして行きたいと思います。


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兵・下士官用制帽(Schirmmütze)

 こんにちは、エーデルマンです。米大統領選も大詰め、どうやら第46代大統領はバイデン候補に決まりそうですね。ただトランプ大統領もSNSなどで不正票があると主張、法廷闘争まで持ち込むでしょうからまだまだ波乱は続きそうです。

さて、本日は兵・下士官に支給された制帽(Schirmmütze)を取り上げたいと思います。
これまで制帽は興味はありながらも、バリエーションの多さから何となく近寄りがたく、正直見て見ぬフリをしていました。
それが最近、幸運にも素晴らしい制帽コレクションに触れる機会があり、急に興味が出てきて、ついに禁断の制帽を手に入れてしまいました。

ほとんどの方はご存知だと思いますが、ドイツ軍の制帽は官給品と私費購入品の2種類があり、兵・下士官には官給品が支給されますが、将校(と一部の下士官)は自費で揃えることになっていたようです。

ちなみにWikipediaによれば、制帽の定義は組織により制服の一部として着用が定められた帽子全てを制帽と呼び、制帽という形の帽子はない、そうです。
ドイツ語のSchirmmützeはSchirm=鍔、ひさし、Mütze=帽子を組み合わせた造語であり、『鍔付き帽子』が適訳となります。(ただ、このブログでは日本で一般的に普及している"制帽"を使用したいと思います)

前置きが長くなってしまいましたが、今回アップするのは山岳部隊に支給された制帽となります。

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テラーフォルム(Tellerform=皿型)と呼ばれる、典型的な官給品の特徴を持つ帽子でミントに近いコンディションです。トップはトリコット(ウールの編み方の一種)生地でフィールドグレイ色、はちまき(バンド)はフェルト製でダークグリーン色というM36野戦服の本体と襟と同じ配色となっております。
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制帽には肩章と同じく兵科を表す色のパイピングが頭頂部と鉢巻の両端に取り付けられています。パイピングの直径は2mmで、この帽子の場合はライトグリーンで山岳部隊となります。

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鍔はデザイン的なもので、短くあまり実用的ではありません。材質は革のようですが、木材パルプや綿を原料とするバルカンファイバーという素材です。

バルカナイズドファイバーとも。塩化亜鉛で処理して作った硬質耐水性の紙または板紙。原紙を濃塩化亜鉛溶液に浸し,表面を膠化(こうか)したのち,水洗し乾燥するか,膠化したものを数枚重ねて水洗し,ぬれているうちに圧着させて乾燥する。電気絶縁材料,箱,かばん,スポーツ用具の部品などに加工。
-百科事典マイペディアより-

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横からみたところ。鍔が申し訳程度についていることが分かります。チンストラップはエナメル皮革でボタン留めとなっています。

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チンストラップは幅1.5cm、鉄製バックルで長さを調整できます。制帽のチンストラップは飾りとしての要素が強く、実際に使われることはほとんど無かったと思います。

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皿型と言われるだけあって、頭に丸い皿を載せたようなフォルムですね。これとは別に、ザッテルフォルム(Sattelform=鞍型)と呼ばれるトップが持ち上がったタイプもあります。

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帽章。柏葉リースは艶消しアルミ製。その真ん中に旧型のベースが平らなコカルデが付いています。

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国家鷲章もアルミ製で規定どおりの位置に取り付けられています。こちらは1936年に導入された新型帽章で、旧型は翼が短く材質がニッケル製となっています。

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内装は褐色のコットン製。菱形に縫い目のある箇所にサイズスタンプ”55 1/2”が押されています。この帽子は失われてしまっていますが、通常セルロイド製のシールとネームポケットがあり、所有者の名前を書いた細長い紙を入れることができます。

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鍔の裏側は内装と同じ色に塗装されています。スウェットバンドは人工皮革で紙のようにペラペラです。白い紙が見えますが、保管時に型崩れを防止する為に入れられたもののようです。

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スウェットバンドの裏のスタンプ。1938年Clemens Wagner製です。CW社は1898年創業のBranschweigに本社のある会社で陸軍や空軍ほか、武装、一般親衛隊の帽子も製造していました。

製帽のメーカーとしてはEREL社が有名ですが、当時のドイツ(含オストマルク)には個人商店も含めると90社以上あったようです。

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この帽子のライナーには第100山岳猟兵連隊第一大隊第4中隊のスタンプが押されています。

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第100山岳猟兵連隊については、こちらで記事にしております。写真のFriedrich伍長が被っている制帽はザッテルフォルムで生地もドスキンのようなので官給品では無くオーダーメイドなのかも知れません。


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山岳帽(Bergmütze) 末期タイプ

 こんにちは、エーデルマンです。週末は台風14号が直撃するかと思いましたが、Uターンして南の方角に戻っていきましたね。今後も矢継ぎ早に台風が来ることは間違いなく、避難することも想定し保存食の準備はしておきたいと思います。

さて、本日は末期の山岳帽(Bergmütze)を取り上げたいと思います。

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以前、こちらでステレオタイプの山岳帽を取り上げましたが、今回紹介するのはM43規格帽(Einheitsfeldmütze M43)にエーデルヴァイス帽章が付いたタイプとなります。

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M43規格帽は山岳帽を見本としておりデザインされており、Einheits(統一規格)+ Feldütze(野戦帽)という名前の通り、すべての野戦帽の規格を統一、生産性の向上を目的に1943年6月に導入されました。

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当然、統一される対象には規格帽の親とも言える山岳帽も含まれており、このようにM43規格帽にエーデルヴィス帽章を取り付けた帽子が山岳猟兵には支給されました。

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正面からの画像です。山岳帽の帽章はT字が多く、逆三角形(Trapezoid)は規格帽になってからの採用となります。ボタンのバリエーションは、茶色いタグア椰子製ボタンの他、金属や樹脂、動物の角製ボタンなど多岐に渡ります。
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帽章のクローズアップ。イタリア製ウールに刺繍のタイプ。ボタンは動物の角製のようです。

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横から見たところ。よく見るとエーデルヴァイス帽章の取付方向が反対・・・コレクターが付け間違えた???
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M43規格帽なのでベンチレーションホールは当然、省略されています。
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後頭部。いたって普通です。

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トップは一枚布で作られています。
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インナーはアノラックや末期水筒の裏地と同じ生地です。

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写真は『FELDBLUSE The German soldier's field tunic 1933-45』からお借りしたもので、ノルマンディで英軍兵士に荷物検査を受ける山岳猟兵。左端の山岳猟兵が被っている帽子はつばの広さからM43規格帽ベースの山岳帽のようです。

Feldbluse: The German Army Field Tunic 1933-45
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最期にエーデルヴァイス帽章ですが、花びらの方を前に取り付ける例もあったようで、ちょっと安心・・・

Gebirgsjäger Die Woche magazine cover 

追記:エーデルヴァイス帽章を反対向きに縫い付けるのは、山岳ガイド(Heeresbergführer)の証って書き込みを見つけました。

We had the honor at one of our local collectors gatherings to have a German G/J veteran attend. He was an Austrian Lt. and had photos of him in uniform...his edelweiss was sewn on in the reverse direction......he explained it meant that he was qualified for high mountain guides and that was their symbol for this qualification.

「地元のコレクターの一人がドイツ軍の山岳猟兵だった老人を集まりに連れてきた。彼はオーストリア人の元少尉で軍服姿の写真を見せてくれたんだけど、彼のエーデルヴァイスは反対方向に縫われていたんだ。彼は高地山岳ガイドの資格を持っており、これ(反対方向のエーデルヴァイス)はその証だと説明したんだ」

さらに追記:永瀬一式さんのコメントの通り、オストマルク(オーストリア)出身者は、エーデルヴァイス帽章を花が前向きになるよう付けた説が有力のようです。下記はオストマルクの首相エンゲルベルト・ドルフース(1934年7月25日にナチス党員により暗殺)とその山岳帽(Feldkappe)及びオストマルクSAのケピ帽です。いずれもエーデルヴァイス帽章の花が前向きになっています。

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大ドイツ主義を唱えるナチスドイツにより1938年、オストマルクはドイツに併合されドイツ民族の一員に加わりますが、一方でオストマルク国民はドイツ人の中でも落ちこぼれの「二流市民」として扱われることになります。 普墺戦争以前から、ドイツ民族間でも北のプロイセンと南のバイエルンとの対立意識などから、オストマルク出身の山岳猟兵は、敢えてエーデルヴァイス帽章を反対に付けることでオストマルク人としてのプライドや誇りを表したのでは無いでしょうか?


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陸軍M34略帽 (Feldmütze 34) Part5

 こんにちは、エーデルマンです。最近だいぶん秋らしくなってきましたね。こういう時期こそGo Toトラベルすべきなんでしょうが、生憎わが家には受験生と私以上に出不精な相方がいるのでステイホーム継続です。しかし、せっかくの連休どこも行かないのはもったいないので、せめて映画でもと考えているのですが、ローランド・エマリッヒ監督の『ミッドウェイ』なんてどうでしょうか?

さて本日のブログネタは、初期型のM34略帽(Feldmütze 34)です。

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戦前の青味がかったフェルトグラウのウール生地に初期帽章付きM34略帽で、白いソーターシュ(山型ヒモ)は歩兵科になります。
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一般的にM34略帽と呼ばれていますが、実際1934年に導入されたのは全く別モノです(ライヒスヴェーア時代の略帽はこちら
このタイプは1935年導入なので野戦服に倣って、本来はM35略帽とすべきでしょうが、既にM34略帽という呼称が定着してしまっている為、このブログでは前モデルを1stパターン、こちらを2ndパターンとして区別しています。

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M34略帽の変遷はこちらの記事を参照願います。

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M34略帽の1stパターン(左)は頭頂部に金属製コカルデとソーターシュ(山型ヒモ)、フラップ前面には2つの飾りボタンが縫い付けられていました。それが2ndパターン(右)になると頭頂部に国家鷲章、フラップ前面にはBevoタイプのコカルデが取り付けられます。

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こちらの写真の兵士は初期帽章付きのM34略帽にダークグリーンの襟に同色の胸章のM36野戦服を着用しています。

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高さがあり四角っぽいシルエットの1stパターンに比べると2ndパターンは直線的で後頭部に行くほど高さが低くなっています。

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帽章はライトグレー地にオフホワイトの刺繍糸で縫われています。初期略帽の特徴として本体への取付は手縫い、ソーターシュはミシン縫いです。写真では分りづらいですが、ソーターシュの両端はフラップを貫通して裏側で縫い込まれています。
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トップは2枚の布で貼り合わせになっていることが分かります。

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内装はベージュ色のコットン製。フェルト本体への取付は初期の略帽の特徴でもある手縫いです。

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内装のステンペル。辛うじてサイズの"56"と製造年の"1936"が読み取れます。トップが”M字”になるよう安全ピンと糸で留めていた跡が残っています。

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ベンチレーションホールの金具は真鍮製です。

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M34略帽の改良型であるM42略帽の導入後もM34略帽は第一線で使用され続けます。(M42略帽は広く普及せず、実質的な後継モデルはM43規格帽となります)

一応、念願のM34略帽初期型をカバーしたことで略帽シリーズは今回で締めにしたいと思います。(これまで避けてた制帽のコンテンツ化にそろそろ着手すべきか・・・)


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プルオーバーシャツ(Hemd)

今回の記事はドイツ兵士が野戦服の下に来ていたプルオーバーシャツ(Hemd)を取り上げたいと思います。

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ドイツ軍の野戦服についてはその特徴のあるデザイン性からも、兵士の家族によっては形見として、もしくは連合国兵士によって戦利品として持ち帰られたことで現在まで多くが残存し、それゆえ専門家やコレクターによって研究されたことで今日では多くの情報を得ることが出来ますが、その中に着ていたシャツについては、あまりに"普通"だったゆえに、戦後の物資不足で多くが日常生活の中で消費されてしまい当時の実物も情報も少ない状態です。なお本文の作成には、STEINER氏のサイトを参考にさせていただきました。

プルオーバーシャツは官給品ではありましたが、支給された以外に兵士個人や家族が購入した市販品を使用することも多かったようです。官給品にはサイズ(Gr.=Größe Nr)や製造年、工場ナンバー(RB. Nr)のスタンプが押されていましたが、何度も洗濯するうちに消えてしまい市販品や戦後作られた軍用品(実物)、フェイクとの区別が難しくコレクター泣かせのアイテムの一つとなっています。

今回紹介するプルオーバーシャツは数あるバリエーションのうちの一部ですが、戦前・戦争初期・戦争中期に導入されたプルオーバーシャツの特徴は説明可能です。

それでは、まずは初期の立襟(ステンドカラー)のプルオーバーシャツ(以後、ヘムト)から見てきたいと思います。

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こちらはライヒスヴェーア時代の1933年に導入されたコットン製のヘムトで、野戦服のように"M33"と呼ぶコレクターもいますが、一般的ではありません。経編みメリヤス(通称トリコット)の為、伸縮性があります。着丈は95cmと非常に長く、当時の平均的なドイツ人男性の身長だと膝上くらいまでの長さになります。

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前スリットの開口部は53cmで、3つボタンになっています。ボタンの表面は布製ですが、中身は固くプラスチックの様です。(こちらと同じですね)
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上段両端のボタンです。
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襟は初期の特徴であるステンドカラーで2.5cm幅です。第一ボタンは二か所のホールで留められるようになっています。「40」のスタンプは製造年では無く、首回りのサイズとなります。

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ステンドカラーのヘムトを野戦服の中に着る場合、肌が直に襟に触れるため汗や皮脂などで汚れてしまいます。野戦服は洗濯できない為、ハルスビンデもしくはクラーゲンビンデを付けて汚れたら取り外して洗濯することとなっていました。(ハルスビデ・クラーゲンビンデについて過去の記事はこちら)  

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前立て部分に「II」のスタンプがあります。こちらはサイズ番号(Größe Nr)で、IIはMサイズを表します。(サイズ表記はI~IVまであり、IはS、IIはM、IIIはL、IVはXLとなります)

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上記はReibertの軍装品に関するページですが、ヘムトのスタンプ箇所については記述と一致しています。

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袖丈は32cmで脇下には三角形のマチがあります。

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袖口のスリットは13cm、ボタンが一つです。

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両サイドの裾には18cmのスリットがあり、上部3cm部分にマチがあります。

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こちらは当時のプライベート写真ですが、奥のサスペンダーをした2名と後列の右から2人目の兵士はステンドカラーのヘムトを着用しています。それ以外に白いヘムトは、襟の無いタイプで就寝用ヘムト(Nachthemd)と思われます。

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続いて襟付きのヘムトです。襟付きヘムトは1938年ごろに導入されました。この頃はまだ胸ポケットがありません。

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襟は襟先が長く尖ったタイプです。ファッション業界ではバリモア・カラーと呼ばれており『グランド・ホテル』(1932年)などに出演したハリウッドスターのジョン・バリモア(1882年2月15日 - 1942年5月29日)が着用したことが由来のようです。当時の流行だったのでしょうか。

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こちらのヘムトはフィールドグレイのコットン製で着丈は68cmと短めですが、身幅は54cmありサイズ的にはIII(L)といったところでしょうか。
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前スリットの開口部は32cmで、こちらは4つボタンとなっています。

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このヘムトは軍用ということで入手しましたが、官給品では無くフランス製やドイツでも市販品の可能性があります。ちなみに軍用の根拠は、ボタンがドイツ軍装で良く使用されているアルミ製の皿ボタンだったから・・・
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袖丈は35cmです。かなり青に近いフィールドグレイですね。

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さて、ヘムトの紹介は一旦中断してお約束の『戦争のはらわた』からの引用です。

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今更説明するまでもありませんが、この映画は軍服や戦功章など、細部に至るまで時代考証がしっかりとされており、ヘムトについても登場人物毎に種類が違うのはもちろん、汚れや破れ、くたびれ具合がリアルで非常にマニア受けする設定となっています。

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地下壕でマイヤー少尉の誕生日を祝うシーン。マーク(右)はマウスグレーの襟付きヘムトで、胸ポケットにはプリーツ無し、ディーツ(左)は白いステンドカラーのポケット無しヘムトを着ています。ディーツがシャツの下にヒトラーユーゲントのスポーツシャツ(1938年に廃止された初期タイプ)を着こんでいるのが面白いです。

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こちらは後方の病院のシーン。車椅子の傷病兵が着ているヘムトは市販品と思われるチェック柄、隣や後ろの兵士が着ているシャツも市販品と思われます。

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出ました!シュタイナー曹長のヘムト姿です。これと同じ襟付き胸ポケット付きマウスグレーのヘムトが欲しくて長年探し求めてしましたが、このたび念願叶って入手することができました。

それがこちらのヘムトです。

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STEINER氏によれば、ヘムトにポケットが付けられたのは1942年の中頃とのことです。ポケットにプリーツがあるタイプと、無いタイプの二種類が存在しています。こちらはマウスグレーのヘムトで、スタンドカラーのヘムトと同じくコットンのトリコット製となっています。身丈は98cmで身長176cmの私が着るとちょうど膝丈の長さになります。
 
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こちらの襟もバリモア・カラーです。衿台の部分にスタンプが押されています。

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スタンプのクローズアップ。「IV」はサイズでXL、「44」は首回りのサイズです。

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前スリットの開口部は60cmで、4つボタンになっています。

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当時の写真を見るとヘムト姿の兵士の多くは暑いのか、あるいはリラックスした状態のためか、第一あるいは第二ボタンまで外しています。
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袖口には18cmのスリットがあり、紙製ボタン2個で留められるようになっています。

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両サイドの裾には23cmのスリットがあります。

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こちらもプライベート写真から。白いスタンドカラーやマウスグレーの襟付きヘムト(半袖)以外にも、Tシャツのような下着を着た兵士もいます。このように実際には兵士が着ていたヘムトは野戦服と同様、同じ部隊でもバラバラだったと思います。

最後にヘムトは下着(特にパンツ)として使用されていたのか?という疑問について検証したいと思います。
実物を見れば当時のヘムトの丈は非常に長く、臀部や鼠径部はもちろん、膝近くまで覆うことが可能です。下着の基本的な役割が、①保温し、汗を吸収し体温を調節する。②汗や皮脂などを吸収し、洋服の汚れや傷みを防ぐ。③性器を隠す のであれば、ヘムトだけでも十分機能を果たすことは可能です。
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それではゾルトブーフの支給品のページを見てみましょう。下記は以前紹介した第7山岳師団Robert Weger兵長のゾルドブーフの装備品ページですが、ヘムトと同じ数のズボン下(Unterhose)が支給されています。
このUnterhoseは股引(もも引き)のような形状で股下が足首まであるものです。(下着についての過去の記事はこちら
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しかるにドイツ兵は通常パンツを履いていたと考えるのが適当かと思います。

ただし前線では洗濯もままならない場合が多く、何日も同じパンツを履くのは衛生的かつ精神的にも好ましくはありません。そのような場合、下着としても機能するよう敢えて丈の長いヘムトが兵士には支給されたのでは無いでしょうか。


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ヴィントヤッケ(Windjacke)

こんにちは、エーデルマンです。いやーそれにしても殺人的な暑さですね。東京ではコロナよりも熱中症で搬送される数の方が多く、命にかかわる重症者も出ています。外で活動される場合はぜひお気をつけ下さい。
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さて先日アップしたヴィントブルーゼに続いて、本日はヴィントヤッケ(Windjacke)を取り上げたいと思います。
ヴィントヤッケの起源は第一次大戦中の防寒着のようですが、第二次大戦のドイツ軍のヴィントヤッケとは違い前合わせは8つボタンが一列に並んでおり、フードが付いたタイプもあったようです。

第一次大戦後、登山やスキー用に民間で販売されたヴィントヤッケは前合わせのボタンがダブルで、こちらが原型となった可能性が高いです。

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1930年代のスキーウェアの広告。左下の服(Nr.2938)が同じ形です。(少し丈が短いですが)

なお、1920年代初頭にはナチス突撃隊での着用が非常に多く確認されています。初期の突撃隊はバイエルン州の義勇軍出身の隊員が多く、特にオーバーラント義勇軍においては登山帽とヴィントヤッケがトレードマークの一つでもあったようです。

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ヴィントブルーゼで説明した通り、ライヒスヴェーアで1925年頃から使用されていたようです。(こちらのサイトには実物の写真が掲載されています)

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なお資料本『Die deutsche Reichswehr』によると、当時のヴィントヤッケはグレーと白のリバーシブルになっており、グレー側はタグア椰子(独 Steinnuss)の黒ボタン、白側は白い角製ボタンが付いていたようです。(以上の情報や資料は、弊ブログの読者であるottoさんから頂きました。ありがとうございます!)


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それではヴィントヤッケの詳細を見て行きたいとおもいます。ドイツ軍が山岳部隊へ支給したヴィントヤッケはオリーブグリーンの帆布(キャンバス)製で、5つボタンのダブルです。

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襟元は野戦服と同じく、スチール製のホックで留められるようになっています。

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開襟にすることもできます。

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襟の裏です。襟を立てた状態で固定する為のフラップが付いており、釦で留められるようになっています。

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縦襟にしてボタンで留めれば首から体温が奪われるのを防げます。

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軍用なので野戦服と同様に着脱式の肩章となっています。このヴィントヤッケにはフェルト製の肩章が付いていますが、キャンバス製の肩章も非常にレアですが存在しています。

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こちらがキャンバス製の肩章。(ネットで拾った画像ですみません)ただし、このような肩章はラーヒスヘールの夏季モールスキン制服用として他兵科でも一般的に使用されることがあります。

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サイドポケット(ハンドウォーマー・ポケット)

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腰ポケットは容量たっぷりです。

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ウエストベルトをヴィントヤッケの上から締めることが一般的です。

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袖ににはボタンで絞れるようになっています。

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内装を見ると、リバーシブルでは無く一枚のキャンバス地で作られていることが分かります。なお、右側にはボタンホールが無いことから左前では着用できません。

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後ろ側は極めてシンプルで、腰に調整用のハーフベルトが付いています。

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胸囲が96cm、襟から肩の長さは39cm、首回り50cm、袖丈51cmであることが分かります。この写真では補給廠のスタンプは薄れて判読が難しいですが、肉眼では"M40"と見えなくもなく、ミュンヒェンに40年に納品されたと推測します。

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こちらはGew.33/40を支給された高地山岳猟兵(Hochgebirgsjäger)のゾルトブーフの支給装備欄ですが、ヴィントヤッケがリストに入っています。

このヴィントヤッケには写真のように右袖にエーデルヴァイス章の丸い縫い跡があるのですが、日焼け具合から戦時中には付いて無かったと思われます。
WJ18.jpg
当時の写真で見ると、エーデルヴァイス章が付いていない事が多く、このヴィントヤッケも戦後コレクターが付けられたものを、再度外した可能性が高いです。

キャンバス地に機械刺繍されたヴィントヤッケ専用のエーデルヴァイス章が希少ながら存在しています。下記の画像は前述のottoさんより拝借しましたので掲載させていただきます。
WJ20.jpg

このような専用品は汎用性が無い上に、エーデルヴァイス章はヴィントヤッケへの着用が必須で無かったこともあり、総生産数が極めて少なかったと思われます。
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こちらはフェルト生地に刺繍のエーデルヴァイス章ですが、ヴィントヤッケのキャンバス生地ごと切り取られています。

WJ16.jpg
当時の写真を見るとエーデルヴァイスのヴィントヤッケへの着用例は少ないです。


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M42ヴィントブルーゼ(Windbluse 42)

こんにちはエーデルマンです。長かった梅雨が明けて、やっと夏らしい気候になりましたね。Go toトラベルは無理でも、地元の健康ランドくらいには行きたいと思っています。

さて本日は山の日ということで、久しぶりの山岳猟兵(Gebirgsjäger)のアイテムをアップしたいと思います。
GJ_jacke_01-1.jpg

こちらは、M42ヴィントブルーゼ(Windbluse 42)です。山岳猟兵に支給された野戦服の上に着るフード付きの防寒・防風着で、頭から被るプルオーバー形式です。素材は防水性のコットン・レーヨン製でグリーンブラウンと雪迷彩のリバーシブルになっています。

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イタリアで米軍に投降する山岳猟兵。機能的に優れたヴィントブルーゼは、現在でも登山やアウトドアで使用されています。

GJ_jacke_22_20200810074454dc7.jpg  
ファッション業界では『アノラックパーカー』という名称で、ヤング(死語)の間ではタウンウェアとして絶大な人気があります。

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なお、こちらはヴィントヤッケ(Windjacke)です。ヴィントヤッケは戦前からある防寒着で、M42ヴィントブルーゼが支給されるまでは山岳猟兵のメインのアウターウェアでした。

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ネットで拾った1927年のライヒスヴェーアのスキー訓練風景。ヴィントヤッケを着た兵士が写っています。厚いキャンバス地の重いヴィントヤッケは、防寒性・防風性・迷彩性に優れたヴィントブルーゼに取って代わります。

GJ_jacke_28.jpg
フードはドローコードで絞って風の侵入を防ぐことが出来ます。

GJ_jacke_03-2.jpg
首元はレースアップで開口部の調整が可能、さらにボタン付きフラップで完全に覆うことが出来ます。

GJ_jacke_05.jpg
大きな3つの胸ポケットが特徴で、ハーケンやカラビナなどの登山用具が収納できます。ポケットは上蓋付きで圧縮した紙製ボタンで留められており、両サイドのポケットにはプリーツが付いています。

GJ_jacke_14-1.jpg 
布のバンドで袖口を絞ることで風の侵入を防ぎます。フリクション付きのバックルはアルミ製。

GJ_jacke_02-2.jpg
後ろから見たところ。腕・肩・フードは別パーツでなっています。腰にも蓋つきのポケットが2つ付いています。

GJ_jacke_13-1.jpg
腰ポケットは容量が大きく、コミスブロートが丸ごと入りそうです。

GJ_jacke_15-1.jpg
股下を通して裾を固定するストラップが付いています。

Bundesarchiv_Bild_101I-691-0244-11,_Russland,_Winter,_MG_42_in_Stellung 
MG42射手のヴィントブルーゼはストラップで固定されています。ストラップは風でまくられないようにする以外に、このように寝ころんだ時に裾がずり上がって雪や泥が内側に入らないようにする役目もありました。

GJ_jacke_06.jpg

迷彩スモックやアノラック同様、裏返すと雪迷彩となります。便利な胸ポケットはこちら側にも取り付けられています。

contener3.jpg  
ヴィントブルーゼを着た山岳猟兵。この写真のようにドイツ軍の雪迷彩は、すぐに泥や煤で黒ずんで迷彩効果が薄れてしまいやすかったようです。

GJ_jacke_07-2.jpg
後ろ側。見た目は裏側と同じですが、腰ポケットが袋式になっていることが分かります。

ちなみにM42ヴィントブルーゼにはファーストとセカンド・パターンの2種類があり、雪迷彩側が生成りのものがファースト・パターン、ゴム引きになっているものがセカンド・パターンとされています。

GJ_jacke_20.jpg 
こちらはセカンド・パターンの雪迷彩面です。(画像はネットで拾いました)ゴム引き加工は防水性に優れていますが、このように剥がれてしまうと防水以外に迷彩効果も薄れてしまいます。

GJ_jacke_08.jpg 
最期にフラップ部にあるスタンプ。"WIWEG"は工場名だと思いますが不明です。"I"はサイズで小となります。

ちなみにヴィントブルーゼはこのM42の他に、M38という種類が存在しているようです。M38には胸ポケットが2つあり、国家鷲章が右胸にあるのが特徴です。

Bundesarchiv_Bild_183-L27357,_Gebirgsjäger_im_Eisbunker
M38ヴィントブルーゼ姿の山岳猟兵。実物を探しているのですが、全然見つかりません(泣)


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