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M31雑嚢 (Brotbeutel 31) 極初期型

どうも、エーデルマンです。3連休の最終日いかがお過ごしでしょうか?私は雪降る寒さと例年より早く始まった花粉症により、家でダラダラと過ごしています。

さて、暇にまかせて所有するドイツ軍兵士に支給された"パン袋"ことM31雑嚢(Brotbeutel 31)を並べてみました。上段左から極初期型、同、初期型、中期型、下段左から後期型、M44雑嚢、末期型、熱帯型となります。
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本日アップするのは左端の極初期型です。雑嚢については皆さん良くご存知なので今更ですが、雑嚢について書くのはこれがラストになると思うので最後までお付き合いいただければ幸いです。
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青みがかったグレイが特徴の極初期のタイプで、1930年代の製造と思われます。
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上記は以前紹介した極初期型と初期型の雑嚢です。同じ作りですが色以外にベルトフック金具やDリング、ボタンの材質が違います。(違いについての記事はこちら

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若干使用感はありますが、ミントに近い状態です。

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ベルトループの補強革もダークグリーンで塗装されています。

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水筒や飯盒を括り付ける革ループもダークグリーンで塗装されています。他にもこのような色に塗られた革製品があったか不明ですが、ひょっとしたらカモフラージュ的な要素があったのかも知れません。
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上蓋を開いたところ。

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はっきりとは読めませんが、恐らく上段の文字は"Ver. Lederwarenfabrik"、下段は"München"と思われます。→知人で軍装コレクターのTom氏(http://www.mp44.nl/)によれば『Ver. Lederwarenfabriken, Eugen Huber München』とのことです。

急に話題が変わって申し訳ないですが、ふと2年前に訪れたレマゲン鉄橋(正式名は『ルーデンドルフ橋』)を思い出しました。
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ライン川に今も残る橋桁は平和記念館になっており、当時の写真や橋の設計図など資料が展示されています。

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在りし日の橋の写真が展示されています。ルーデンドルフ橋は第一次大戦中に兵士や物資を西部戦線に運ぶ為に作られたそうです。

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記念館の最上階にはライン河畔に作られたドイツ兵捕虜収容所について紹介するコーナーがありました。
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"ルール・ポケット"で生き残った32万人のドイツ兵は「ライン牧草地キャンプ(Rheinwiesenlager)」と呼ばれる鉄条網で囲っただけの牧草地に詰め込まれ、バラックはおろかテントも無い生活を強いられました。

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パウル・カレル著『捕虜』によると、ある収容所の捕虜は5万6000人で、そのうち0.6%の3053人(ドイツ側の統計では4537人)が餓死またはチフスや赤痢などの病気で死亡したそうです。この比率はソ連軍の管轄する収容所の死亡率(25%~90%)からすると少ないように見えますが、ドイツ降伏後3か月という期間で考えると異常な高さと書かれています。

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展示品の中に極初期の雑嚢を発見しました。本当に当時の捕虜が所有していたものかは不明ですが、自宅のコレクションとは違い、このような展示で見る軍装品に対して特別な"気”を感じるのは気のせいでしょうか・・・


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ワイヤーカッター(Drahtschere)

こんにちはエーデルマンです。かなり遅くなってしまいましたが、2019年が明けて初めてのアップとなりますので、あけましておめでとうございます, 今年もどうぞ宜しくお願いします!!

年初にあたり、目標を3つ立てたので公表したいと思います。

一つ目は「家族でドイツ旅行すること」
これは、数年前から計画しているのですが、今年こそ実行したいと思っています。行先はもちろんベルリンです。
二つ目は「工兵用装備をコンプさせること」
こればっかりは運もあるので、欲しいアイテムをできるとは限りませんが、まずは目指すことが大事なので。
最後は「東部戦線的泥沼日記を英語化すること」
本ブログには日本以外からもアクセスがあるのですが、やはり文章が日本語だと滞在時間が短いんですね。まぁ、訳すほどのたいした内容では無いし、Google翻訳でもいいっちゃいいんですが。。。
 
さて、さっそく二つ目の目標達成に向けて本日はワイヤーカッター(Drahtschere)と収納ポーチ(Tasche für Drahtschere)をアップしたいと思います。 


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以前アップした大型ワイヤーカッター(Große Drahtschere)と比べて小さいですが、一般的には大型カッターに分類されます。

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大型ワイヤーカッターとの比較。全長は半分程度です。

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ワイヤーカッターで鉄条網を切断する工兵。大型ワイヤーカッターは車載用、携行用はこちらがメインであったと思います。

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全長38.5cm。現在のワイヤーカッターではあまり見ない形で、カッターの刃が横向きなっています。
こうして見ると、なんとなく鳥のくちばしに見えますね。

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個体差がありますがハンドルが最大80°開きます。上のカッター刃が3.7cm、下の刃が2.8cmです。

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ハンドル部分のクローズアップ。ハンドルの本体は樹脂で固めた紙製で、端部のキャップはベークライト製です。

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刃が下斜めについている為、ワイヤーをホールドしやすい構造になっています。

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メーカー刻印。ヴァッヘンアムトやメーカーコード、年号の刻印がある個体もあります。
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ワイヤーカッターには専用の収納ポーチ(Tasche für Drahtschere) が用意されています。素材は本革製か圧縮紙を使用した人工皮革で頑丈に作られています。
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こちらはハンドルがすっぽりと収まるタイプですが、ヘッド部分のみ収納するポーチも存在しています。

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上蓋の裏側にヴァッヘンアムトの刻印があります。

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ワイヤーカッターは収納ポーチをウエストベルトに吊り下げて携行します。MP40を支給されていることから兵士は下士官ということが分かりますが、ワイヤーカッターは分隊長(Gruppenführer)の標準装備でもありました。それにしても手前の兵士の戦闘パックが気になります。

ワイヤーカッターは工兵部隊専用装備では無く、陣地攻略作戦において広く様々な兵科で使用されました。

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こちらは演習後の分隊を撮影した写真で、前列右端の上等兵(機関銃助手)の肩章のパイピングが明らかに白色なので歩兵科のようですが、その他の兵士のパイピングが黒色にも見えるのではっきりしたことは不明です。収納ポーチが無い場合の携帯方法が分かりますね。
機銃手(前列左端)の右隣の兵卒(Schütze)が一番階級が下なのに本来分隊長に支給されるMP40や双眼鏡を持っていたり、後列左から二番目の兵士が帝政時代のヘルメットを被っているのが面白いですね。

下っ端の兵卒だと思った兵士ですが、ちゃんと見ると襟と肩章にトレッセがあるようです。
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別の角度から撮った写真を入手。確かにトレッセが確認できました!すみません、彼がこの分隊の指揮官でした。(STEINERさん、ハンドルの材質と併せて、ご指摘ありがとうございました!)

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通常、降下猟兵が降下時に携行できるは拳銃1挺と手榴弾、空挺ナイフ(Fallmesser)程度で、ワイヤーカッターはライフルなどの武器と一緒にコンテナに収納され投下されたようなので、こちらは降下後の訓練風景かも知れません。


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ライカIIIc型 (Leica Model IIIc)

皆さんこんにちは。2018年も残すところあと1日ですね。平成最後の年末年始は近所の神社に初詣する以外に予定は無く、自宅でまったりと往年の戦争映画でも見ながら年越ししたいと思います。

2018年最後の記事はライカ(Leica)の紹介です。

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以前このブログでAgfaの折り畳み式カメラを紹介しましたが、その時からいつかは35mmカメラの元祖であるライカを記事にしたいと思っていました。
ライカについての詳しい説明はWikpediaやライカファンのサイトに譲るとして、ライカは元々はブランド名で(エルンスト)ライツ社のカメラ(Leitz Camera )という意味ということだけ書かせて下さい。(1988年にライカは会社名になります)

まず戦前・戦中に生産されたライカについて本やネットで調べたところ、バルナックというタイプのIIIa型・IIIb型・IIIc型が該当するようで、その中には軍用モデルが存在しているということを知りました。
(『バルナック』は旧型のライカに付けられた呼び名で、ライツ社の技術者でありライカの生みの親であるオスカー・バルナックにちなんで名付けられました)

ミリタリーライカ (エイムック (365))

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正規に軍に支給された個体には、本体に特別な刻印があり、空軍支給品には"Luftwaffen-Eigentum"、海軍支給品にはMもしくはMFに3桁数字(例えば“MF629”や“M106”)、そして陸軍の場合は“Heer-Eigentum”あるいは単純に“Heer”、“W.H.”(Wehrmacht Heerの省略形)の文字が記されています。

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しかしながら支給品の多くは戦時に消耗され、また戦後にナチスドイツを象徴する刻印は削り取られてしまった為、残存数は極めて少く、めったに市場に出回りません。よってオークションに出ても、とても手が出せない価格で落札されてしまいます。

なおカメラの中古市場は軍装品と違い価格が“見える化”されており、こちらのサイトではメーカー・モデル・状態別に市場価格のトレンドが分るようになっています。

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こちらは“W.H.”の刻印のあるIIIc型の陸軍支給モデルの市場価格ですが、10年間で倍近い価格になっています。※画像をクリックするとサイトに飛びます。

しかしながら、このブログで紹介した他のアイテム同様、支給品の刻印が無い=軍用では無いとは必ずしも言えません。国防軍の戦線の拡大と共に増え続ける需要を満たす為、市販品を兵士に支給することも多かったはずです。特に市販品と軍用で仕様の違いが無く、かつ大量生産できない製品はその傾向が強かったと思います。

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よって正規な支給品を示す刻印が無くでも、戦前・戦中生産のライカであれば軍が使用した可能性は高まります。さらにIIIシリーズのうち1940年に生産が開始されたIIIc型で“段付き”と呼ばれるタイプは戦中モデル(英語でwartime Leica)とされ、年代的にも多くのものが戦場で使用されたようです。また真偽不明ですが、1942年9月以降に生産されたIIIc型は市場に出回らず、全て軍に買い占められたという説もあります。

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なお、現在までライカのカメラには通し番号がつけられており「何型のNo.何は何年にどこ向けで出荷された」という履歴が社内で記録されていました。

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こちらはライカの製造年度表。※こちらからPDFをダウンロードできます。
戦争中はもちろん、戦後もしばらくは門外不出でしたが、現在は公表されています。

このリストによればIIIc型(製造番号360101~397650)は1940年から1946年の間に生産されました。欠番、戦後生産品(製造番号391753以降)を除くと戦中の生産数は約31,000台となります。

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エルンスト・ライツ社は特別な製造番号(キリ番やゾロ目)のライカを科学者や探検家、政治家、写真家に贈呈したのは有名な話で、軍人ではエルヴィン・ロンメル将軍が製造番号37,500のライカIIIc型を1943年2月に贈られています。
 
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IIIc型はバリエーションが多く、本体の色、シャッター幕の色、耐寒仕様やレリーズボタンの形状やスローシャッターダイヤルのストッパーの有無など組み合わせで12種類もあるとか。まさにバリエーション地獄・・・

薀蓄はここまでにして、IIIc型の細部を見ていきたいと思います。

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こちらのライカは1943年製のIIIc型で、一般に『ライカIIIcKグレー』と呼ばれるモデルです。カメラ本体には支給品を示す刻印がありませんが、レンズは陸軍支給品という組み合わせです。

<外観>
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本体色はドイツ軍ファンにはお馴染みのパンツァーグラウです。バルナックライカと言えばクローム仕上げが一般的ですが、戦時下の物資不足でクロームメッキの入手が難しくなった為、一時的にグレーの焼き付け塗装に変更されました。あくまで私の想像ですが国防軍に大量に納品することを条件に、統一色であったパンツァーグラウの塗料を軍部から特別に融通してもらったのかも知れません。
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横135mm、高さ68mm、奥行き34mmで野戦服の胸ポケットにすっぽりと収まるサイズです。戦争で職人が不足する中、以前のモデルまで板金製だった本体を、加工しやすく再組み立て時の精度を出しやすいアルミ合金ダイキャストに変えた為、15gほど軽くなった一方で幅2.8mm、高さが2mm大きくなりました。


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レンズは沈胴式で、撮影時にレンズを引き出して使うタイプです。レンズを本体に収納することでコンパクトになり、衝撃による破損から守ります。現在のコンパクトカメラの源流とも言えます。

<軍艦部>

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Leicaのロゴ、D.R.P=ドイツ帝国特許 (Deutsches Reichs Patent)とライツ社の社名"Ernst Leitz Wetzlar"が刻印されています。製造番号390173は上記の表では、1943-1946年の間に作られたことになりますが、比較的若い数字なので1943年に製造されたと思います。

製造番号の右側の"K"は Kugellager(ボールベアリング)の頭文字で、シャッター軸にボールベアリングが使用されたモデルであることを表しています。寒冷地や高高度の低温下でもシャッター軸がスムーズに動くよう、通常モデルよりもボールベアリングが多く使用されています。Kモデルのほとんどが軍に供給されたと言われていますが、東部戦線など厳しい環境下にいる部隊や空軍への支給を考えれば当然かも知れません。

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シャッター幕には"K"のスタンプが押されています。シャッター幕は消耗品ですが、オリジナル性を保つ為、コレクターは敢えてシャッター幕を交換しません。

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前から向かって左側のボタン群。レリーズボタンの前にある巻き戻しリリースレバーの位置がフィルムカウンターより一段高くなっているところから、“段付き”と言われる所以です。
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巻き戻しノブの底部にある視度調整レバーも基部より一段高くなっていますが、こちらは戦後モデルも同じです。段付き有無の比較についてはLeica Repair Serviceさんのサイトを紹介させていただきます。
 
<後部>
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グッタペルカ(滑り止めのラバー)も綺麗に残っています。この時代のライカはグッタペルカがボロボロのものが多く、このカメラが大事に扱われてきたことが判ります。

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接眼窓のクローズアップ。左側がレンジファインダーと右側ビューファインダーです。レンジファインダーで測距し、ビューファインダーで画角(フレーム)を決めます。

<マガジン部>
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底部の蓋を外してパトローネ(フィルム)をマガジンに装填します。右に開閉ノブ、左には三脚用のネジ穴があります。

<マウント・レンズ>

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レンズマウントは、ライカLマウントと呼ばれるねじ込み方式です。構造がシンプルなので軽量化に一役買っています。

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レンズはライツ社純正のエルマー5cm(50mm) f3.5です。製造番号591274は1942年製です。バルナックライカの標準レンズとして戦前・戦後に大量に作られた為、比較的安価(といっても3万円以上・・・)で入手できます。いくつかバリエーションがありカール・ツァイスに吸収合併される前のゲルツ社の硝子を使用した「旧エルマー」や、被写界深度目盛りが赤に塗られている「赤エルマー」は希少な為、高額で取引されています。

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このレンズには陸軍支給品を表す"W.H."の刻印があります。カメラ本体にも同じW.H.の刻印があれば最高なのですが・・・しかしながら、軍用レンズが付属しているということで、ドイツ軍で使われた可能性がさらに高まったような気がします。(もちろん後付の可能性も大ですが)

<ケース>

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ケースは本革製でエルマーレンズを装着したまま収納できます。Leicaのロゴがカッコいいですね。「ライカ1台が土地付きの一軒家に相当する」と言われた頃は、ケースだけ購入して首からぶら下げて街を歩くことが流行ったとか。

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蓋はスナップボタンで留められるようになっています。 写真に写っていませんが、底にはE.LEITZ WETZLARのマークとGermanyの文字が刻印されています。

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内貼りはベルベットでカメラを保護します。ケースを装着したまま、撮影ができることから"速写ケース"と呼ばれてます。
速写ケースには空軍専用モデルが存在しており、ブルーグレイ塗装で本体と同じ"Luftwaffen-Eigentum"が底に刻印されています。
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軍に納品されたカメラのほとんどは、宣伝中隊(Propagandakompanie, 通称PK)に配布され、隊員によって撮影された写真は「Signal」や「Die Wehrmacht」といった写真雑誌に掲載されました。

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終戦までに200万枚以上が宣伝中隊によって撮影され、Signalは250万部が発行されました。これらの雑誌の目的は国内外に国力を誇示するプロパガンダだった為、軍事機密である兵器も積極的に撮影・掲載することが許可されていました。今日においてドイツ軍ファンが多いのは、兵器や装備のカッコよさに加え、一次資料である写真が豊富に存在していることも関係していると思います。

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以上、カメラ趣味は奥が深く、その中でも"カメラの王様"ライカについて書くのは時間と勇気が要りました。間違った理解があるかも知れませんが、ご容赦いただけると幸いです。


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M44雑嚢 (Brotbeutel 44) 初期型

こんにちは、エーデルマンです。だいぶん寒くなってきましたね。早くも街中にはクリスマスツリーが飾られて一気にほんわかムードになってきました。今年もあと一ヶ月と少し、風邪をひかないよう頑張っていきたいと思います。
さて、本日はタイトルの通り1944年に採用されたブロートボイテル(パン袋)「M44雑嚢」についての考察したいと思います。

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なおM44雑嚢については、過去に2度ほど記事にしています。 

おさらいですが、M44雑嚢と一般的なM31雑嚢との違いは、M44には小銃用のクリーニングキットを収納するポケットが付いていることです。
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またこの雑嚢は、末期に採用されたとあって省力化されており、ウエストベルトに通すループのボタンが廃止されウエストベルトを装着した状態では外すことができなくなっています。また中央のフックも廃止され、同じくループ化しています。
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実はこの末期に作られた雑嚢については個人的には少々モヤモヤ感がありました。

なぜなら、クリーニングキットなど野戦服のポケットや雑嚢にそのまま入れておけば良いものの、わざわざ専用のポケットを付ける手間と、ウエストベルト取り付け部の省力化がどうも不釣り合いだったからです。

同じくブログで初期タイプに兵士が自分でポケットを取り付けたと思われる雑嚢を紹介しましたが、目的を果たすなら、このようなシンプルなポケットで良いわけです。
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上蓋用のストラップが飛び出し防止も兼ねており、わざわざ専用のストラップを取り付ける必要ありません。

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こちらはM44雑嚢のポケットのクローズアップですが、素人目にも相当な技術と工数がかかっていることが判ります。

最末期”タイプなど、まさにカオスです。 ここまで省力化(というか裁縫技術が無さすぎ・・・)されているのに、ポケットは綺麗に縫い付けされています。
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モヤモヤしていたところ、一つの仮説が浮かび上がりました。 上蓋とモノを入れる袋部分、ループは別パーツになっており、パーツの製造と最後の縫い合わせは別々の時期だったのではないでしょうか?

もう一度最末期タイプの写真を見ると材質は別になっています。

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この疑問に答える雑嚢がついに見つかりました。それが、こちらの雑嚢です。

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上蓋部分やループは一般的な中期の雑嚢と同じです。この雑嚢は比較的余裕があった時期に作られたようですが、末期の雑嚢と同じくポケットが付いています。
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あくまで推測ですが、現在残存しているM44雑嚢の多くは戦局が悪化した時の最終工程で作られた、ということは無いでしょうか?

最後にポケット付きの雑嚢を並べてみました。

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まぁ、どうでも良い内容ですが、ヒマに任せて日記にしてみました。


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ピッケル(Eispickel)

皆さんこんにちは、エーデルマンです。
秋も深まってきて食べ物の美味しい季節になりました。週末は手軽で栄養満点な鍋料理を楽しんでいますが、そろそろ和風鍋のネタに尽きてきたので、アイントプフに挑戦しようかと思っています。

さて、今回はドイツ軍山岳猟兵が使った(かも知れない)FULPMES製のピッケル(Eispickel)をアップしたいと思います。 
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以前紹介したSTUBAI製ピッケルよりも一回り大きいサイズで、ヘッド長は31cm、全長は85.5cmです。 

ヘッドは人気の"アッシェンブレンナー"型です。
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アッシェンブレンナーは戦前・戦後に活躍した“ヒマラヤ・ペーター”こと、オーストリアの登山家ペーター・アッシェンブレンナー(1902-1998)の名前です。(アッシェンブレンナーは、大戦中は山岳猟兵、陸軍山岳ガイド:Heeresbergführerでもあった) 

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ヘッドの刻印。
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FULPMESのロゴ。丸の中にWELK FULPMESの刻印があります。
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反対側。アッシェンブレンナーの名を冠したピッケルはまたたく間にヒットし、大量にコピー品が出回ったために本物の証である「ORIGINAL」「GES.GESCH.」(登録商標)の刻印が上下に打たれています。

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ピッケルバンドは鉄製リング留めで、バンドの色はフィールドグレイです。フィールドグレイは軍用と言われていますが、官民の区別は無かったと思われます。 

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STUBAI(左)とFULPMES(右)との比較。FULPMESの方が約5cm長いです。 
FULPMESとSTUBAIの関係ですが、オーストリアのStubai谷の小さい鍛冶職人の共同組合であるFulpmes Werk(Werk=工房)が、国防軍と契約する為に会社化、それが最終的にStubai社となったという説があります。
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FULPMESとSTUBAIの刻印 
いずれにせよFULPMESの刻印があるものは戦前に作られた可能性が高く、念願かなって入手することができました。


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分隊用ストーブ (Feldkocher fur ein Gruppe)

こんにちはエーデルマンです。前回の日記では魔女の一撃(注:ぎっくり腰のことを古くからヨーロッパでこのように呼ぶ)になったと書きましたが、やっと治ったらと思ったら今度は五十肩 (注:ヨーロッパでは別名"天使の羽交い締め“・・・・ウソです)になってしまいました。ちなみに私はアラフィフですが、厳密にはまだ四十代です。まぁ、"四十肩"とも言うので、対外的には四十肩と言っていますが。
寄る年波には勝てず、急速に老化を感じる今日この頃です。

さて、今回はドイツ軍が使用したガソリンストーブ、いわゆる"分隊ストーブ"のバリエーションを紹介したいと思います。
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まずはGutav Barthel社の「JUWEL 33」から。
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違いはストラップとそれを通すループの有無のみで、缶の形状やサイズ、上下の蓋にエンボスされた刻印は全く同じです。 なおストラップなしが戦前、ストラップ有りが戦中モデルと言われていますが真偽のほどは定かでありません。

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バーナー部分。タンクの素材が違います。右が真鍮製、左がスチール製です。

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なお真鍮製のモデル銘記は「JUWEL 33」、スチール製タンクの方は「JUWEL 33U」となっています。

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写真の取り扱い説明書は「JUWEL 33U」用です。この"U"が何を示すのは不明ですが、一部の部品番号の末尾が"U"になっており、これらの部品を変更したモデルと思われます。

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タンク底面。スチール製、真鍮製共にアムトと「H 1941」の刻印があります。

続いて「ARARA 37」です。

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フェルトグラウ、パンツァーグラウといった塗装色以外に、蓋に「ARARA 37」のエンボス加工有無しが違っています。


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エンボス有りの方は蓋の裏にメンテナンスツールがチェーンで固定されています。

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フェルトグラウ(左側)の風防には蓋を固定する為のネジが切ってあります。 その為、五徳が内側になっています。


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タンク部の文字が、フェルトグラウの方が刻印でパンツァーグラウの方はエンボス加工になっています。

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そのほか気になったのがこのマーク。CTR 15というのは企業名でしょうか? 

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どこかで見たと思ったらJUWEL 33のバーナー本体や説明書にも"CTR"という文字があります。 
ネットで調べたところ、CTRは「Chemische-Technische Reichsanstalt(化学技術帝国研究所)」の省略形のようです。

Wikipediaでこのような記述(Google翻訳はこちら)を見つけました。
CTRは連邦材料研究試験研究所 ( BAM )の前身で「連邦研究所の最も有名な仕事の1つは、花火などの火工製品のレビューです。 (中略)BAMの他の活動としては、 危険物輸送のための危険物容器の承認、損傷と事故の早期発見のための非破壊材料試験の開発(以下略)」とあるのでJUWEL 33は5番目に、ARARA 37は15番目にCTRで認定されたストーブという理解で良いと思います。

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「1920–1945: Chemisch-Technische Reichsanstalt (CTR) als Nachfolgeeinrichtung des 1889 gegründeten Militärversuchsamtes」とあるので、CTRは1945年まで存在していたとのこと。JUWEL 33のような軍所有を示すような刻印はARARA 37では見つかっていませんが、第二次大戦中に製造されたことは間違いないようです。

最後に「H42」です。

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"H42"は、Heer(陸軍)に1942製採用になったというコレクターの意見がネット上で散見されますが、本当かどうかは分かりません。
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上記で紹介した「ARARA 37」と全く同じデザインです。どちらかがオリジナルだと思いますが、ここまで一緒だとパテント問題など発生し無かったのでしょうか?
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刻印は"H42 NUR FUR BNENZIN  WIKTORIN”のみ。JUWEL33やARARA37のようなCTRの刻印はありません。
 
WIKTORINはウィーンにあったランプメーカーのようです。
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ドイツ軍はガソリンストーブを部隊支給しましたが、配給の割合はバラバラで、フィンランド北部に駐留していた山岳部隊には猟兵2人に1つガソリンストーブが支給されたとする一方でグロースド イッチュランドは中隊でガソリンストーブ20個だったようです。


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以上、ドイツ軍分隊ストーブのバリエーション紹介でした。


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官給セーター (Schlupfjacke) 

こんにちは、エーデルマンです。先週、魔女の一撃に見舞われました。ヨーロッパではぎっくり腰をそのように言うそうです。やれやれ、しばらくは安静にしなければ。。。

さて、本日はドイツ軍が兵士に支給したM36セーター(Schlupfjacke 36)をアップします。

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M36セーターはM36野戦服と同じ時期に採用されました。薄手のセーターで保温性に優れ、兵士は野戦服の下に重ね着しました。

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こちらは山岳猟兵のSoldbuchの支給品目ページ。この兵士には支給されなかったようです。

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こちらは以前の日記で紹介した官給セーターです。Vネックのラインが太いタイプで、当時の写真からドイツ軍で使用されていたと判明しました。
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タグにはメーカー名と所在地“Beriln”、サイズ表記“GR.3”が記されています。(GRは「Größe=サイズ」の省略、3はSサイズの意味) 


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そしてこちらが今回入手したM36セーター。Vネックの細いグリーンのラインが特徴です。

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残念ながら所々に虫食いのような穴が空いてます。軍用っぽく無い服は、戦後の生活で多くが消耗されてしまいました。特にセーターは残存数は少なくなっており、これでも"美品"の部類です。

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グリーンのラインは1cm、薄いグレーの本体とのコントラストから当時の白黒写真でもはっきり分かります。
 

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袖にもラインがありポイントになってします。 
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こちらのセーターもSサイズです。このようなサイズ表記のみのタグは官給品の特徴です。 

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Vネックセーター以外に丸首、タートルネックのセーターも存在しています。入手したら順次アップしますね。

ところで東部戦線のドイツ軍兵士にとって魔女といえばこちら。
Natalia Meklin 
そう、Nachthexen(夜の魔女)こと第588夜間爆撃連隊の女性パイロット。うーんキレカッコイイ。 


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エーデルマン

Author:エーデルマン
脳内の99%をドイツ軍が占めている、そんなアラフィフ親父です。
注)当時のドイツ軍の装備・生活用品に興味がありますが、特定の団体・思想を支持するものではありません。

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WWII ドイツ軍兵器集 〈火器/軍装編〉 (1980年) ワイルドムック
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最強の狙撃手
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第2次大戦ドイツ軍装ガイド
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ドイツ軍装備大図鑑: 制服・兵器から日用品まで
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武器と爆薬―悪夢のメカニズム図解
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迫撃砲はどうやって砲弾を飛ばすのか?小銃擲弾は?ほかにも大砲や爆弾のしくみを源文マンガでわかりやすく解説

グラフィックアクション GRAPHIC ACTION 1993年 No.17
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ドイツ武装親衛隊軍装ガイド (ミリタリー・ユニフォーム)
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鼠たちの戦争〈上〉 (新潮文庫)
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