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白兵戦章 (Nahkampfspange)

こんにちは、エーデルマンです。お盆休みはいかがお過ごしでしょうか? 私は連日暑いので外出は控え、もっぱらTSUTAYAプレミアムで一日3本旧作ビデオを見ることをノルマにしております。

さて、本日は白兵戦章 銅章( I. Stufe Nahkampfspange)を記事にしたいと思います。
白兵戦章は近接攻撃により授与される歩兵突撃章(Infanterie-Sturmabzeichen)の上位の戦功章として1942年11月25日に制定されました。

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白兵戦章についての説明はいつもの通りWikipediaから。

一定期間、戦車などによる装甲兵力の支援なしで近接戦闘を行ったドイツ国防軍及び武装親衛隊の軍人が授与対象で、軍服の左ポケットの上部に佩用した。

この勲章には、授与基準を満たした近接戦闘を行った日数によって、金章、銀章、銅章の三等級が存在し、特に金章は、騎士鉄十字章にも匹敵する名誉でアドルフ・ヒトラー総統が直々に授与することもしばしばあった。 

-Wikipedia「白兵戦章」より-

授与条件である日数は金章(III. Stufe)が50日、銀章(II. Stufe)が30日、銅章(I. Stufe)が15日となっています。なお重度の負傷により、これ以上の戦闘続行が不可能と判断された場合、規定の日数はそれぞれ40日、20日、10日に短縮されました。

国防軍兵士1800~2000万人のうち銅章が3万6400人、銀章が9500人、金章が631人に授与されたとのこと。一級鉄十字章が30万人に授与されたのに比べると、受章者数は非常に少なかったことが判ります。

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本体のサイズはヨコ980mm、タテ250mmです。本体は亜鉛合金製、中央の四角いバックパネルはスチール製です。

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内側に少し湾曲しており、裏面にあるピンで左胸に佩用するようになっています。

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正面には国家鷲章とその下には柄付き手榴弾と銃剣、周囲は樫の葉と実がデザインされています。

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当ブログにリンクを貼らせていただいているPEIPERさんの記事によれば、左側が設計元、右側が製造元とのことです。(補足:"FEC"はラテン語の"Fecit"の短縮形で“~製”という意味、"W.E. PEEKHAUS"は、多くの戦時メダルをデザインしたグラフィックアーティストのWilhelm Ernst Peekhausを表しているようです)

11_20110904105332.jpg 
さて、白兵戦章といえば我らがシュタイナー曹長ですが、彼が佩用しているのは金章か銅章のどちらか?という論争が以前からありました。(ウソです)

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画面では金色に見えますし、近接戦闘は朝飯前という彼なら最高位の金章受章も十分有り得るでしょう。

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しかしながら記録によると金章が初めて授与されたのは1944年8月27日とのこと。映画の舞台は1943年(秋?)なのでこの時点で金章を入手することは不可能です。
さらに1944年8月30日付けで金章受章者には自動的にドイツ十字章金章も授与されることになり、右胸にドイツ十字章が佩用されていないことから、金章では無く銅章ということになります。

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1943年12月に受章者へ白兵戦金章を手渡すヒムラー。受章者には21日間の特別休暇も付与されました。

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とまぁ、揚げ足取り的な考証は置いておいて、小隊長のマイヤー少尉も白兵戦章(こちらは明らかに銀章)を授与されており、現場の経験値からもシュタイナーが金、マイヤーが銀というコンビネーション以外は考えられません。

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以上、今後もし所有証明書やSoldbuchの記録、さらに奇跡的に銀章や金章など入手できれば順次アップしていきたいと思います。

所有証明書はこちらにアップしました。


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白兵戦章 (Nahkampfspange) 

こんにちは、エーデルマンです。本日は以前こちらでアップした白兵戦章(Nahkampfspange)について詳細に記事にしたいと思います。

白兵戦の語源は刀や剣、ナイフなどの武器を白刃と呼ぶことからだそうです。近接で殺し合う白兵戦は、弓矢や石弓が存在していた中石器時代のみならず、小銃やさらに短機関銃といった遠距離武器が発達した近代においても、勝敗を決する時にはしばしば行われました。

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ドイツ軍の教本(ヘルメットの形状からナチス政権時代に発行されたと思われる)に掲載されている銃剣攻撃を防御する方法(左)と銃剣攻撃の訓練するドイツ軍兵士(右)

shovel0-1.jpg 
銃剣やナイフや以外に、スコップも即席の打撃武器として使用されたことは良く知られています。
白兵戦は戦士として本来の資質と勇敢さが必要とされる戦いであり、それに勝ち残った兵士は称賛に価されました。

ドイツ軍は勇敢な兵士を称える為、1939年12月20日に歩兵突撃章(Infanterie-Sturmabzeichen)が陸軍総司令部のヴァルター・フォン・ブラウヒッチェによって制定されました。

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ヴァルター・ハインリヒ・アルフレート・ヘルマン・フォン・ブラウヒッチュ(長い・・・)は1881年にシレジア貴族で代々軍人の家系に生まれます。士官学校を卒業後、貴族出の軍人らしく順当に少佐まで昇進。第一世界大戦後はライヒスヴェーアで少将になったところでナチス政権が樹立、ヒトラーに陸軍元帥に任命されます。

歩兵突撃章(銀章)
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歩兵突撃章(銅章)
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機械化歩兵や山岳猟兵に対しては銅章が1940年6月1日に制定されます。

歩兵突撃章の授章条件は、その名の通り、突撃を3回以上行い、それぞれで第一線で武器を取り、肉弾戦を行った者となっていました。
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しかしながら1941年に独ソ戦が始まると、戦闘はこれまでにない程に激しさを増し、歩兵突撃章の上位の戦功章が求められるようになります。

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セヴァストポリの戦い(1941年9月~1942年7月)で負傷した戦友を運ぶドイツ軍兵士

そこで、1942年11月25日に白兵戦章(Nahkampfspange)が制定され、戦闘日数によって金章(III. Stufe)、銀章(II. Stufe)、銅章(I. Stufe)が授与されることになりました。(なお重度の負傷により、これ以上の戦闘続行が不可能と判断された場合、規定の日数はそれぞれ40日、20日、10日に短縮されます)

15日:銅章(I. Stufe)
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30日:銀章(II. Stufe)
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50日:金章(III. Stufe)
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授章対象は国防軍兵士他、武装親衛隊で銅章が3万6400人、銀章が9500人、金章が631人に授与されたようです。

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金章の栄誉は騎士鉄十字章にも匹敵し、ヒトラーが直々に授与することもありました。

CCC14.jpg 
こちらは銅章のバックプレートと刻印。A.G.M.u.K(Arbeitsgemeinschaft Metall und Kunststoff)はメーカー名でGABLONZは工場があった地名(ズデーデン地方の都市 現:チェコ共和国)です。A.G.M.u.K製の白兵戦章にバリエーションが6種類あり、こちらは"ラージフォント"と呼ばれています。
CCCsilver9-1.jpg
銀章、金章には3つの〇にそれぞれF、L、Lの文字が入った記号があります。これはメーカー名でFriedrich Linden, Lüdenscheidを表します。また、金・銀・銅いずれも左側に"FEC.W.E. PEEKHAUS BERLIN"の刻印がありますが、"FEC"はラテン語の"Fecit"の短縮形で“~製”、"W.E. PEEKHAUS"は、多くの戦時メダルをデザインしたグラフィックアーティストのWilhelm Ernst Peekhausを意味します。

所有証明書:BESITZZEUGNIS
PD21
Besitzzeugnis (所有証明書)

(Dienstgrad)(階級)
Dem Unteroffizier(伍長)
 
(VOR-UND FAMILIENNAME)(氏名)
Heinrich Stretz  (ハインリヒ・シュトレッツ)

(TRUPPENTEIL)(所属部隊)
StabII. / Pz.Gren.Rgt.40
(第40装甲擲弾兵連隊第2大隊司令部)


VERLEIHEICH FÜR TAPFERE TEILNAHME 
AN 15 NAHKAMPFTAGEN

(勇敢な15日間における近接戦闘参加に対し)

DIE 1.STUFE DER 
NAHKAMPFSPANGE

(白兵戦章 銅)

(ORT UND  DATUM) (場所・日付)
Im Felde, den 1.6.1943
(1943年6月1日前線にて)

(UNTERSCHRIFT)(署名)
gez. Henrich
*gez=gezeichnet 署名省略

(DIENSTGRAD UND DIENSTSTELLE)(階級と職務)
Oberst und Rgt.-Kdr.
(大佐 連隊長)


Für die Richtigkeit(代理署名)
Lt. und Rgt.Adj. (少尉 連隊長副官)


この勲記は第40装甲擲弾兵連隊第2大隊司令部(StabII. / Pz.Gren.Rgt.40)所属のハンイリヒ・シュトレッツ 伍長に授与された銅賞の勲記です。1943年3月初旬~中旬にハリコフ第3次攻防戦での戦闘で授章条件を満たしたようです。(詳細はこちら

/GR103-4-2.jpgBesitzzeugnis (所有証明書)

(Dienstgrad)
(階級)
Dem Unteroffizier.(伍長)
 
(Vor-und Familienname)(氏名)
Karl Lindner  (カール・リントナー)

(Truppenteil)
(所属部隊)
I. / Pz.Gren.Rgt 103
(第103装甲擲弾兵連隊第1大隊第1中隊)

Verleihe ich für tapfere Teilnahme
an 15 Nahkampftagen
(勇敢な15日間における近接戦闘参加に対し)

die 1.Stufe der
Nahkampfspange

(白兵戦章 銅)

Rgt.-Gef.-St., den 28.12.1944.
(1944年12月28日連隊司令部にて)

Oberst u. Rgt.-Kommandeur
(大佐 連隊長)


Walter Palm大佐による署名 。1945年3月20日に最後の第14装甲師団長として就任。

※こちらの所有証明書はゼラチン複写版=ヘクトグラフ(Hektograph)で作られています。印刷された証明書が手元にない場合、仮発行用とされました。

こちらは第14装甲師団第103装甲擲弾兵連隊第1大隊第1中隊(I/Panzergrenadier-Regiment 103)のカール・リントナー伍長の勲記。クールラント包囲戦で行われた15日間の近接攻撃参加により1944年12月28日に銅章を授章しました。(詳細はこちら
CCCsilver0-3.jpg
上記で紹介した白兵戦章の所有証明書とハンリヒ・シュトレッツ伍長のポートレート。歩兵突撃章や白兵戦章は現場対応能力が問われる戦功章で、子供の頃からケンカが苦手でヘタレ(関西弁で"臆病な")な自分としてはずっと憧れの存在でした。


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白兵戦章 (Nahkampfspange) 

こんにちは、エーデルマンです。コロナの第一波か第二波なのか分かりませんが、なかなか終息しないですね。経済が回らないから4月5月のような一斉の休業要請は出せないにしても、新宿の一定の地域・店舗は時間制限にするなり、許可制にすれば良いのにねぇ・・・まぁ、世間がGo toなんとかになっても一人ステイホームです。(単なる出不精)

さて本日はまたもや白兵戦章ネタです。
CCCsilver14-3.jpg
こちらは白兵戦章 銀章(II. Stufe)です。FLLの記号でFriedrich Linden製であることが分かります。
銀章は銅章と金章の間の等級で、30日間の近接攻撃に参加した兵士へ授与されました。(金章は50日、銅章は15日)

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この業界で有名な白兵戦章の銀章授章者と言えば、『戦争のはらわた』のマイヤーですね。

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ここまで銀メッキが残っているのは珍しいと思い、一瞬フェイクを疑いましたが、白兵戦章の第一人者であるThomas M. Durante氏に写真を送って確認してもらったところ、とりあえず問題なさそうとのこと。とはいえ、あくまでネット上での判断であり、FLLはフェイクが多いので手に取ったらやっぱりアウトでした、の可能性もありますが。

CCCbook.jpg
こちらはThomas M. Durante氏の白兵戦章のついての資料本とリプロ(フェイク)についての解説。(画像をクリックするとAmazonのページに移動します。)

CCCsilver19.jpg

ところで白兵戦章の授章条件についてドイツ語版のWikipediaに詳しく描かれているのを見つけました。

・敵の白目が見える距離で、スコップなど手に持つ武器で戦ったもの。
・大規模な攻撃、偵察隊、防衛、単一の伝令行為、敵の偵察隊(との遭遇?)などの場合。
・前哨基地、駐機場、前線、砲兵陣地、前線後方または病院列車や補給所のでの戦闘(例パルチザンとの戦闘、ただし1944年8月4日以降は除外)。

(ドイツ語→英語→日本語のGoggle翻訳なので多少怪しいです・・・)

この内容で、より近接戦に特化された勲章だということが分かります。また歩兵突撃章では"回"であるのが、白兵戦章では"日"が単位となり、一日に何度戦闘が行われても一回とカウントすることから、より授章条件が厳しくなっています。

こちらは白兵戦章 銀章の所有証明書です。


Besitzzeugnis (所有証明書)
(Dienstgrad)(階級)
Dem Feldwebel(軍曹)

(Vor-und Familienname)(氏名)
Emil Baranowski  (エーミール・バラノオスキー)

(Truppenteil)(所属部隊)
4. / Div.Fus.Btl (A.A.) 75
(第75軽歩兵大隊(偵察大隊)第4中隊)

Verleihe ich für tapfere Teilnahme an 30 Nahkampftagen
(勇敢な30日間における近接戦闘参加に対し)

die II.Stufe der
Nahkampfspange.
(白兵戦章 銀章)

Abt.-Gef.-St., den 12.10.1944.
(1944年10月12日大隊司令部にて)

(Dienstgrad u. Dienststellung)(階級と職務)
Major u. Rgt.-Kdr.
(少佐 兼 連隊長)


第75軽歩兵大隊は1939年8月26日に創立した第75歩兵師団第175偵察大隊が前身で、1939年9月のポ-ランド侵攻、1940年5月のフランス侵攻ではマジノ線の戦いに参加します。1941年6月22日から始まったバルバロッサ作戦では南方軍集団の第6軍配下でキエフ、コルムを攻略。1943年7月のクルスクの戦い、1944年1月のコルスン・チェルカッシィ包囲戦、3月のカメネツ=ポドリスキー包囲戦に参加、1945年に上部シレジアに退却後、オストラウで解体されました。

CCCsilver27.jpg 

Baranowski軍曹が白兵戦章を授章したのが1944年10月、授章条件を満たした戦闘が3月のカメネツ=ポドリスキー包囲戦だと間が空きすぎなので、8,9月頃頃では無いかと考え、いつものLEXIKON DER WEHRMACHTで戦歴を師団記録で調べてみました。

CCCsilver30.jpg
8、9月は北ウクライナ軍集団の第1装甲軍に所属しており、位置はKarpaten(カルパティア山脈)となっています。

カルパティア山脈ですぐに思い出したのが「最強の狙撃手」です。ゼップ・アラーベルガーが所属する第3山岳師団がカルパティア前線で防戦する記述がありました。

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北方からカルパティア前線に加えられる圧力は日増しに強くなった。第三山岳師団の司令部は、完全に伸びきった前線区域をできるかぎり確保しようとつとめ、ルーマニアの同盟軍もこの奮戦にしっかりと組み込まれていた。ゼップが戻ってから数日後、ロシア軍の系統だった最初の攻撃が始まり、八月半ばには苛烈さを増すばかりだった。一九四四年八月一九日、隣接する第一三八山岳猟兵連隊におけるロシア軍の砲撃は激しさを増して移動弾幕弾射撃となり、続いて猛然たる総攻撃を加えてきた。
-「最強の狙撃手」より-

こちらもLEXIKON DER WEHRMACHTで調べると第3山岳師団は確かにカルパティア山脈の南東部に展開していたようです。

CCCsilver28.jpg
1944年7月22日-8月19日の前線地図。第3山岳師団が所属する南ウクライナ軍集団が山脈(緑)南部に位置しています。

第75歩兵師団に話を戻すと、ポーランドとの国境に近いリヴォフの北東ブロディ近辺で展開中にソ連軍の総攻撃「リヴォフ=サンドミール作戦」(1944年7月13日–8月29日)に巻き込まれます。

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「リヴォフ=サンドミール作戦」はバグラチオン作戦(1944年6月22日- 8月19日)に呼応したもので、目的はドイツ+ハンガリー混成部隊の北ウクライナ軍集団の殲滅とウクライナの解放、ヴィスワ川で橋頭堡を確保することでした。

ソ連軍の第1ウクライナ方面軍(将兵120万以上、戦車2,050両、火砲・迫撃砲約16,000門、航空機3,250機)の攻撃に、北ウクライナ軍集団は将兵90万、装甲車両900両、火砲6,300門で抗戦しますが、消耗が激しく、リヴォフ占領後は潰走が続きついに8月29日にはウクライナから完全に撤退します。

こちらは8月1日時点の第75装甲師団の作戦地図ですが、リヴォフの南部でソ連軍と対峙していることが分かります。
CCCsilver29.jpg
9月以降もソ連軍の攻撃は手は緩まず、第75歩兵師団はポーランドのクラカウ南部のベスキディまで退却を余儀なくされます。(Baranowski軍曹が白兵戦章 銀章を授章したのはベスキディにおいてと思われます)

最期に、前回の記事で一つ修正。前回紹介したこちらの白兵戦章ですが、実は銀章ではなく銅章のようです。

CCCsilver1-1.jpg

これは先のDurante氏でなく他のコレクターからの指摘で、どうやら銅メッキの剥げ落ちた銅章とのこと。確かに言われてみれば、そのように見えなくも無いかと。

さっそく手持ちの銅章(下)と並べてみました。ちなみに二つともFFL製ですが、製造した時期でデザインが違います。

CCCsilver16.jpg

確かに表側は同じような色落ち具合でどちらも銀章に見えますね。一方の裏側を見ると、オリジナルの状態が残っており留め金(矢印)が上と下で色が微妙に違います。上の留め金は銀、下の留め金は銅色っぽいような・・・まぁ、自分は勲章に関してド素人なので銅章という意見には納得しています。
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