野戦糧食(Verpflegung)

ドイツ軍では後方の野戦調理部隊がコミスブロート(軍用パン)やフィールドキッチン(俗名:Gulaschkanoneシチュー砲)で調理した食べ物を戦闘部隊へ3食配給することになっており、前線にいる兵士が自炊することは無かったとされています。

combatration2.jpg
しかしながら何らかの事情で食事が届かない場合、兵士には即席食品を主とした野戦糧食(Verpflegung=レーション)、いわゆる”ミリメシ"が配給されました。後方部隊から食事が配給されないことは非常事態だったのでレーションは頻繁に食べられるものではなく、よって下記の条件を満たす必要がありました。

・運搬が容易で長期保存が可能なこと
・調理が不要、もしくは簡単なこと
・高カロリー・高エネルギーであること

保存食の代名詞である缶詰はもちろん、運搬や梱包材料の温存を考慮した紙製のパッケージに入ったビスケットや乾パン、粉末状のスープやジュースなどがありました。

ドイツ軍のレーションについては有名な資料本があります。

Rations of the German Wehrmacht in World War IIRations of the German Wehrmacht in World War II
(2010/07/28)
Jim Pool

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オールカラー301頁で掲載しているアイテムはすべて実物。未開封の缶詰からキャンディーの包み紙まで膨大な量の糧食を見ることができます。アイテム以外に当時の珍しい写真も紹介されています。

この資料本には到底及びませんが、手持ちのものをいくつか紹介したいと思います。

※なおここで紹介するモノ全てが部隊から支給されたレーションという意味ではありません。兵士が酒保で買い求める類のモノも含まれています。

一番最初は「雑嚢の中身糧食・嗜好品編~」でも紹介したレーションの代表選手、「Scho-ka-kola」です。

  schokakola10.jpg         schokakola4.jpg

直径8.8mmの缶に50gの円盤状のチョコレート50g(カカオ52.5%、カフェイン0.2%配合)が2枚入っています。なおSTEINER氏のサイトでは貴重な中身(当時のチョコレート!)や詳しい内容を見ることができます。
資料本でもScho-ka-kolaは16頁を使って説明しており、冬季に12時間以上連続で勤務するパトロール兵に後述するクネッケブロートなどと一緒に配られたことや缶のバリエーションなどを紹介しています。

こちらは「Weike Barde」という菓子です。

   cigalliro1.jpg 
紛らわしいイラストの為、しばしばタバコの箱として売られているようです。(私もタバコ箱として買いました)
本当はスティック状のクッキーが正解。
cigalliro2.jpg
未開封です。封帯を解いてみればお菓子かタバコかの疑問は解けますが・・・(ちなみに振ってみると〝カサカサ〟とタバコでは無い音がします)なお封帯には「Vertrieb Ohne Verwendung Von Steuerzeichen Zugelassen」と印字されています。Googleで翻訳すると「Steuerzeichenの許可が無くても販売できる」みたいに訳されるんですが、Steuerzeichenが何を意味するのか判りません。

こちらはドイツ人なら誰でも知っているDr.Oetker社の「pudding pulver」(プディングパウダー)です。
droctber1.jpg  droctber6.jpg
自分で買っておきながら、戦場でプリンなんか本当に作るの?と思いましたが、資料本には「ドイツ兵には、士気を保つのに効果的と思われる数々のスイーツが支給された」とありなるほどと納得。

droctber3.jpg
「wehrmacht verpflegung=国防軍レーション」と日付のスタンプもあります。


      droctber5.jpg 
ちなみに、この写真は現代のDr.Oetkerのプディングパウダーです。ドイツの友人が写真を送ってくれました。

salt1.jpg
「hirschhornsalz」(膨らまし粉)です。パンやケーキを焼く際に使用します。ラベルには「本品は小麦粉1ポンド半(約670g)分に使用」と書かれています。

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「KAISER-NATRON」(重曹)です。doppeltkohlensaures Natron(重炭酸ソーダ)、mild und bekömmlich(マイルドで口当たりの良い)、für Kuchen, Haus, Reise(キッチン、家庭旅行のための)と書かれています。
ベーキングパウダー同様、膨らまし粉(ベーキングソーダ)として使うことができます。(重曹が用いられる例:クッキー、パンケーキ。ベーキングパウダーが用いられる例:ケーキ、マフィ、ビスケット、バターケーキ、イースト無しのパン等) 

NATRON2.jpg
裏面には重曹を使った調理方法が書かれています。重曹は他にも灰汁抜きや肉を柔らかくすることに使われたり、水と混ぜて炭酸水を作ることができます。調理以外には、消化剤や洗剤、医薬品(胃酸過多に対して制酸剤として使われる)にも応用できる優れものです。

Hayma1.jpg Hayma2.jpg

「Hayma」というジンジャーブレッドの上にかけるスパイスのようです。これは資料本には載っていませんでしたが、封のところに「Für Die Deutsch Wehrmacht=ドイツ国防軍用」「Kriegs-Weihnachten1942=1942年 戦争クリスマス(直訳)」というスタンプが押されているので、間違いないようです。
なおこの「Kriegs-Weihnachten」ですが、戦場でクリスマスを迎える兵士への特別配給物という意味でしょうか。

sacckarin1.jpg sacckarin2.jpg
人工甘味料サッカリン「Kristall Süßstoff Saccharin H」です。砂糖の代用品としてコーヒーや紅茶に入れたり、ベーキングパウダーに混ぜたりします。パッケージの表面には「Der Inhalt dieses Bäckchens entspricht der Süßkraft von etwa 550 g Zucker(このサッカリン一袋で約550gの砂糖に相当する)」と書かれています。
裏面には「Man löse den Inhalt dieses Päckchens in einem halben Litter warmen wassers auf.(一袋を半リットルのお湯に溶かす) Ein Teelöffel dieser Lösung entspricht der Süßkraft von 3 stuck Würfelzucker(スプーン一杯分のサッカリン粉末が角砂糖3つ分に相当する」という表記も。


salt2.jpg salt4.jpg

粉末ジュースが入った筒型ケースです。Marsch-Getränk(行軍飲料) 2.5L分とスタンプされています。何味かは書かれていませんが、匂いから判断するとレモン味のようです。このような粉末化食品は液体のまま運ぶより遥かに軽量で、レーションとしては最適でした。

20120827021229b3e_20120827023120.jpg maggi suppen2

「MAGGI SUPPEN」有名な”マギー”スープも粉末化されました。こちらは卵味(Eier)の星型(Sternchen)ヌードルスープ2食分です。

camembert1.jpg
「Camembert」(カマンベールチーズ)250gのパッケージ。Weichkäse aus pasteurisierter kuhmilch(低温殺菌牛乳から作られたソフトチーズ) 45% Fett i. Tr(脂肪分45%) メーカーはSiegfried通り69番地にあった、Milchhof Nürnberg G.m.B.H(有限会社ニュルンベルグ酪農場)とのこと。Wehrmacht-Packung(国防軍用)で製造年月は1943年12月。

各種紙袋
deli1.jpg deli2.jpg
BONBONS(ボンボン=砂糖から作られた殻で包んだ菓子)を小分けにする場合に使用された袋のようです。

     coffee.jpg        coffee2.jpg

「Kaffee」(コーヒー)も重要な野戦糧食です。frisch gerösteter(焙煎)コーヒー用の袋です。代用コーヒー(炒った麦・大豆・タンポポの根から作ったコーヒー)ではなく本物です。

最後にクネッケブロート(Knäckebrot)について。

KB4.jpg  

クネッケブロートは北欧生まれのライ麦の薄焼きパンでビタミンやミネラルなどの栄養価が豊富です。ドイツ軍では主食であるコミスブロートが手に入らない場合の非常食とされていました。



クネッケブロートは厚紙でできた四角い箱に入れて配給されました。

  Knackebrot.jpg
125g入りのクネッケブロートの箱。1941年製です。この箱、ホンモノということで購入しましたが実はフェイクのようです。
市場に相当出回っているらしく資料本にはご丁寧に見分け方まで載っています。

左がフェイク、右が実物です。
knackebrot6.jpgknackebrot7.jpg 
実物と比べるとフォントや文字の間隔が若干違いますが、コピーする際にメーカー名のスペルを間違えるという初歩的なミスを犯しています。(「Batscheider」が「Batschaider」になっている)

なんと軍装コレクターの間で有名な「Deutsche Soldaten: The Uniforms, Equipment and Personal Effects of the German 1939-1945」ではこの箱が実物として紹介されています。

kiji5.jpg

こちらの箱も実物として売られていました。(スペルは正しい)
knackebrot1_20120827021228.jpg
しかしながら資料本の著者はこの箱自体、オリジナル性が疑わしいと書いています。
その理由は2つ。1つ目、この会社のクネッケブロートには別のデザインの箱があるらしく、通常何種類も作らないからニセモノという理由。2つ目はメーカーという意味のドイツ語Herstellerの後には通常 :(コロン)があるはずなのにこちらは無いから、だそうです。(完全否定はしていませんが・・・)
この箱の真贋はさて置き、実物のクネッケブロートは空き箱でも1万以上、中身が残っているモノは10万円以上するとか・・・
いやー恐ろしい世界です。


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野戦糧食(Verpflegung)Part2

先々週は夏休み、先週は出張のため2週連続でお休みしてしまいました。今週からいつものペースでアップします!・・・と言いたいところなのですが、仕事がかなり忙しくなってきており、またプライベートの方でも近々大イベントがありそうで、週末更新できないことが続くと思います。

さて今後何回かに分けて、ドイツ軍の野戦調理について当時のマニュアルを中心に調べていきたいと考えています。


feldkochbuch1_20130803212856110.jpg  

こちらは1941年版のFeldkochbuch(野戦調理マニュアル)です。

このマニュアルには野戦調理の心得から、準備、調理方法、調理器具の種類や素材の管理など細かく書かれています。もちろんドイツ語はサッパリなので、英訳版を入手しました。(それでもなお??) ざっと読んでみて、気になった箇所を書き出してコメントしたいと思います。

【第一章 野戦調理部隊へ】

ここでは野戦調理部隊の心得について書かれています。

"新鮮な生野菜やハーブを加えることで栄養価を高めること。"
"自身や服、調理器具は常に清潔にしておくこと。不潔は戦友の健康に危機を及ぼす。"
"シチュー砲は炊事兵たる諸君に与えられた特別な武器であり、諸君と共に戦争を勝利へ導くであろう。"
"諸君が戦友へ美味しい料理を作って配給すれば、彼らの戦意は高揚するだろう。野戦調理は実にやりがいのある仕事だ!"


コック出身ではないのにも関わらず、炊事担当になってしまいテンション下がりまくりの兵士を鼓舞するような内容ですね。

fieldkichen3.jpg

【第二章 メニューリスト】

第二章は料理の種類がリストアップされています。

A. 鍋料理のメニュー

 基本的な準備と調理
 a) 肉を用いた料理(生、塩漬け、燻製、冷凍)
 b) 缶詰料理
 c) 手製の燻製ソーセージ

1. ジャガイモ料理

 a) 基本メニュー
 b) その他のメニュー
   トマト和え
   味付けしたキュウリ和え
   タマネギ和え
   オランダ三つ葉和え
   酢漬け
 c) 好ましい取り合わせ
   ザワークラフト
   キャベツ
   アオマメ
   混合野菜

2. 野菜料理

 a) 基本メニュー
 b) 好ましい取り合わせ
   白キャベツとジャガイモ
   カブとジャガイモ
   カブとシュペッツレ(ドイツ麺)、味付けキュウリ
   ニンジンとジャガイモ、エンドウ豆
   混合野菜と缶入りスープ
   ザワークラフトとジャガイモ
   ザワークラフトとエンドウ豆

書き写し疲れたので以下省略。(すみませんいい加減で) まぁ、こんな感じで、他にマメ、穀物、米、パスタ、缶入りスープを中心とした鍋料理とそのページ数が書かれています。

B. 一品料理

1. スープ

 a) コンソメ
 b) シチュー(アイントプフ)
 c) パンスープ

2. 肉

 a) 大きな塊の肉
 b) 薄切り肉
 c) 小さな塊の肉
 d) ひき肉

3. 魚

 a) 姿焼き
 b) 切り身
 c) 角切り
 d) ひき肉
 e) 塩漬け

さらに省略 (^^; この後、グレイビーソースやジャガイモや野菜、米、パスタ、缶入りスープ、サラダなど単品料理が続きます。
正直ジャガイモとパン、ソーセージのイメージしかなかったドイツ軍の糧食ですが、なかなかレパートリーが豊富ですね。もちろん食材が手に入ればの話ですが。

C. 複数の鍋を使った料理

1. フィールドキッチン : オーブンもしくは補助器具なし
2. フィールドキッチン : 補助器具あり
3. フィールドキッチン : オーブンあり

フィールドキッチンは鍋やオーブンを備えているので同時平行で複数の調理が可能です。
fieldkichen1.jpg

【第三章 準備】

第三章は準備に関する内容です。

A. 一般

1. 食料の現地調達による補充

"食料の補充は栄養、軍の在庫、輸送事情、地域の経済状況に応じて頻繁に現地調達にて行われるべきである。"
"特に家畜やジャガイモ、野菜などを現地で完全に調達できることが好ましい。"

STEINER氏のサイトには東部戦線の場合、食材のうち5割は現地調達されていたという説明もあります。
確かに新鮮な肉や野菜は現地調達せざるを得ませんね。でも、そのほとんどは購入じゃなくて、搾取・徴発(略奪)だったんでしょうねきっと・・・

fieldkichen2.jpg

2.調理方法について

"野戦調理部隊は入手可能な素材を使い、充分な量で、美味しく、できればバラエティに富んだ料理を作ることが求められる。"
"多様な味付けのため、フィールドキッチンには常に各種スパイスがストックされているべきである。"


別の章に書いてあるのですが、"味付けは食欲増進、兵士の戦意高揚、栄養の吸収を早める効果があるため重要である"とあります。また食材は同じでも、味付けの工夫により連食による飽きを防ぐことができます。


maggi2.jpg  

こちらは有名なマギーのシーズニングソースの空瓶です。醤油に似た味で肉などにかけると旨みが増します。
ちなみにエーデルマンの勤める会社の食堂には醤油の代わりにこれが置いてあります。

kummel.jpg
こちらの袋には香辛料のクミンが入っていたようです。
正直クミンって何?状態なので、Wikipediaに書いてある意味をそのまま転載します。

南 アジアや中東の料理によく用いられる。インド料理には必須のスパイスのひとつで、様々な料理を作る際に、まず始めに油に香りをつけるためにクミンシードを 油で熱する。ガラムマサラやチャツネを作る際にもよく使われる。テクス・メクス料理ではチリコンカーンなどに用いられるチリパウダーに配合される。またト ルコ料理、ポーランド料理、レバノン料理、モロッコ料理、スペイン料理、メキシコ料理、満洲料理でも非常によく用いられる。スープ、パン、ケーキ、ピクル ス、ソーセージなどにも用いられる。漢方では胃薬として用いられる。

熱帯地方では、スパイスの効いた食事を取るよう指導されていましたので、きっとクリミア半島や北アフリカに派遣された部隊の糧食にはこのクミンが多用されたことでしょう。
Alba3.jpg
こちらはフルーツのジャムを作る際の調味剤のようです。資料本にはピクルス用の調味剤が載っています。

さて第三章の続きを見ていきましょう。

"前線へ行軍している状況では鍋料理が簡単かつ要求を満たすと考えられる。"
"一品料理は治安が保たれている地域向きである。"

部隊が置かれた状況によって、料理の仕方が違うのは理解できます。いつ敵が攻めてくるか分からない状況で一品ごとになんて作ってられませんからね。前線では手っ取り早いのはやはり鍋に食材をぶち込んで作るごった煮(アイントプフ)でしょう。

B. 調理準備の基本ルール

1. 食材の準備
2. 野戦調理における調理方法
3. 食材の扱いと使用方法
4. 旨みや味付け
5. 材料の計算
6. 身近なものを使った計量
7. 調理時間

1. 食材の準備は洗う・皮むきなどの下拵え方法、2. 野戦調理における調理方法は蒸す・煮る・焼くなどの一般的な調理の方法が記載されています。
3. 食材の扱いと使用方法は食材ごとの適切な扱い方についてで、例えば肉は繊維に沿って包丁を入れること、塩漬けにされた魚は48時間水に付けて塩抜きすることなど書かれています。
また、余分な脂身はストックしておく、スープやブイヨンの表面に浮いた脂層は捨てずに置いておく、肉の缶詰はきれいに丸くカットすると取り出しやすいなど、少したりとも食材を無駄にしない工夫が見られます。

FC3.jpg
なお豚の脂身は精製するとラードとなります。兵士はそれをファットコンテナーに入れ雑嚢で携行しました。


Schweine2.jpg
こちらは防水紙製のラード袋です。

6. 身近なものを使った計量では、計量の方法が書かれています。

フィールドキッチンの桶(大)18リットル
フィールドキッチンの桶(小)15リットル
フィールドキッチンの柄杓1リットル
飯盒(本体)1 3/4リットル
飯盒(蓋)1/2リットル
通常サイズのコップ1/8リットル
大さじですり切り一杯分の小麦粉10g
大さじですり切り一杯分の大豆12g
大さじですり切り一杯分の砂糖20g
大さじですり切り一杯分の獣脂20g
大さじですり切り一杯分の食塩20g
大さじで山盛り一杯分のハーブ粉20g
大さじで山盛り一杯分の乾燥ハーブ7g
1リットル(一掬い)のマメ類800g
1リットル(一掬い)の穀物800g
1リットル(一掬い)の米900g
1リットル(一掬い)の小麦の粗引き粉750g
1リットル(一掬い)の小麦粉720g
1リットル(一掬い)の食塩1,000g
1リットル(一掬い)の砂糖900g

なるほど、こういう早見表があると便利ですね。

さて、マニュアルはまだまだ続くのですが、この辺りで一度区切りたいと思います。
       
               
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野戦糧食(Verpflegung)Part3

今回はいつもと少し趣向を変えて最近読んだ『ナチスのキッチン 食べることの環境史』をレビューしたいと思います。なお、レビューといってもエーデルマンの興味がナチスの政策や思想になく、当時のドイツ軍の糧食とは?のため、かなり偏った読み方をしております。正しいレビューは下記amazonのカスタマーレビューか日経のブックレビューをご覧ください。


ナチスのキッチンナチスのキッチン
(2012/06)
藤原 辰史

商品詳細を見る
まず最初に著者はドイツの台所(Küche)の発展に寄与した3人の女性、ヒルデガルド・マルギス、エルナ・マイヤー、マルガレーテ・リホツキーを紹介します。テイラー主義に感化された3人の女性はそれぞれ、それまで居間のど真ん中にあり女性の労働時間を多くを占めた台所(窯)での作業改善、空間の最小合理化を図ります。オーストリア初の女性建築家で後に反ナチス闘争に身を投じるリホツキーによりシステムキッチンの源流ともいえるフランクフルト・キッチンが1927年に産声をあげます。

lihotzky.jpg flankfrutkichen.jpg
やがて1933年にヒトラーが政権を掌握すると著者が"台所のナチ化"と呼ぶ様に家庭にまで介入してきます。ナチスの思想原理は家父長制であり、女性は男性に仕えるものとされ、主婦は台所という戦場で戦う兵士という位置づけとなります。正しい食生活が健康な国民と兵士を作る、すなわち国家の発展は台所からというスローガンのもと、それまでの台所という閉じられた空間は一変して社会性を帯びます。

― これはFeldkochbuchの"炊事兵はシチュー砲を武器と考えよ"といったレトリックに似ていますね。戦闘に直接関与しなくても勝利は個々の努力にあるといったスローガンはナチスのプロバンガダに共通します。

FRAUENWARTE.jpg
ドイツは第一次世界大戦のイギリスによる海上封鎖で76万人の餓死者を出した経験から、「戦争に耐えうる国家」たるべく自給自足をめざし肉料理の削減(家畜飼料は輸入に頼っていた)、無駄の徹底排除、貯蔵方法の改良などを義務化、それをマイスター主婦制度、レシピの開発が後押しします。

― 家畜の飼料(トウモロコシやライ麦)を輸入に頼っていたため、食肉を自給自足できていなかったとは知りませんでした。ドイツでは肉とくに牛肉は高価で庶民の口にはなかなか入らなかったため、牛肉から肉エキスを抽出し滋養分多いブイヨンとしてスープに使用されたようです。当時のドイツ兵が口にしたスープにもきっと大量の肉エキスが使われたのでしょう。

eintopf1.jpg

そんな背景もあって、ナチスが国民に推奨したメニューがアイントプフです。アイントプフは野菜を中心としたごった煮料理で、少ない食材で安く美味しく、どの季節でも作ることができます。庶民的な料理のため、別名"農夫のスープ"とも呼ばれています。

ナチスはこの国民的料理をプロパガンダに利用します。1933年10月から「アイントプフの日曜日(Eintopfsonntag)」と銘打って10月から翌年3月にかけ毎月第一日曜日は豪華な食事の代わりにアイントプフを食べてそれで浮いたお金を募金するというキャンペーンを制度化します。

eintopf2.jpg
「アイントプフの日曜日」にアイントプフを食べるヒトラーとゲッペルス。
このキャンペーン、国民にはあまり人気がなかったそうですが、それでもナチスは総統も国民も同じ日に一緒にアイントプフを食べるというプロパガンダを通じて民族共同体としての強化を図ります。

eintopfsonntag_645.jpg

なお本書には当時のアイントプフのレシピがいくつか紹介されており、その中に「残り物のアイントプフ」という名前のレシピがあったので下記に転載します。

残りもののアイントプフ
野菜あるいは肉の残りもの
キュウリのピクルス 2個
サワークリーム コップ1杯
ジャガイモ 1キログラムから1.5キログラム
タマネギ 調味料

野菜のくず、肉汁ソース、ザウアークラフトあるいはエンドウ豆のピューレなどをいれたスープに、みじん切りにしたたくさんのタマネギと炒めた粉ふきイモを加えることで、刺激的なアイントプフが生まれます。この料理は、サワークリーム、胡椒、塩、キュウリ、マギー調味料によって強めの味付けをしながら、必要に応じて肉ブイヨンあるいは水を加えます。場合によって、ソースに穀粉を加えることもできます。


eintopf4.jpg

― うーん、美味しそうです。恥ずかしながらアイントプフを食べたことがありませんが、写真を見る限り日本の味噌汁や肉じゃがのイメージです。Feldkochbuchにある鍋料理のレシピはアイントプフのものかも知れません。

maggi1.jpg kummel.jpg
レシピの中に出てくるマギーの調味料は前回の日記で紹介した小瓶に入ったソースと同じと思われます。マギーの調味料は1886年6月にユリウス・マギーによって開発された化学調味料で、当時は大豆と小麦から作られていました。(現在は小麦のみ) なお、右のkümmelですが、正式にはキャラウェイと訳すべきだったようです。(キャラウェイとクミンは外観が似ているので混同されやすい) ちなみにキャラウェイもアイントプフの味付けに使われます。

マギーのほかにもクノールやドクトル・エトカーの名前も出てきます。
ドクトル・エトカーはベーキングパウダーで有名なドイツの食品メーカーですが、戦時中に貴重な卵と油脂、砂糖を使うケーキを作ることが好ましくないとされている風潮の中、企業の存続をかけて主婦には気分転換が必要という言説のもと、1939年に油脂も卵も使わない"戦時ケーキ"を開発、『時局のレシピ』の中で紹介します。

ヘーゼルナッツ・ケーキ
ヘーゼルナッツ 250グラム
砂糖 200グラム
ドクトル・エトカーのバニリン糖(バニラ豆から抽出される香料に砂糖を加えたもの) 1袋
ドクトル・エトカーの焼き菓子用香料ビター・アーモンド風味 2.3個
小麦粉 250グラム
ドクトル・エトカーの「バッキン」 12グラム
脱脂生乳 4分の1リットル

挽いたヘーゼルナッツの実、砂糖、香料、そして「バッキン」を混ぜてふるいにかけた小麦粉を、ボウルに入れ、混ぜ合わせます。それから少しずつ牛乳を加えていきます。牛乳は、スプーンでかき混ぜると生地が(きわめて)重くなる程度にまで入れていきます。生地は、油を塗り、すりおろした小型の白パンをまき散らしたナップクーヘン(鉢型スポンジケーキ)の型に流し込みます。焼き時間は約55分、弱めの中火で。


droctber1.jpg  droctber6.jpg
こちらは以前紹介したドクトル・エトカー製のプディングパウダー。

メーカー名にドクトルという名が冠せられているのは、創設者のアウグスト・エトカーが植物学の論文で博士号を取得しているからだそうです。
またこの企業は親ナチ的でヒトラーが首相になった1933年当時の社長リヒャルト・カゼロフスキーは同年5月にナチスに入党しており、ヒムラーのスポンサーでした。さらにその孫で1944年に社長になるルードルフ=アウグスト・エトカーも武装親衛隊員とガチガチのナチス一家です。

kochbuch.jpg

当時のレシピを捜し求め、ドイツ各地の古本屋を訪れた著者はドクトル・エトカーの料理本(Kochbucu)を頻繁に目にしたそうです。同社の戦略は自社製ベーキングパウダーの普及のため、『時局のレシピ』のようにそれを使った料理本を出版するというユニークなものでした。

終盤で著者はナチス時代の食生活をまとめるのに、ロバート・N・プロクター著『健康帝国ナチス』を引き合いに出してこう述べています。ナチス・ドイツの食事の傾向は肉と糖分、脂肪の過剰摂取からの脱却、シリアルや新鮮な果物、野菜などより自然な食事への回帰であり、肉体の自然治癒力を高めることが目的であると。正しい食生活はガンや心臓病を減らすだけでなく、生産性の高い工場、子沢山の家、強い軍隊を実現できるとナチスは考えていたとします。

poster.jpg

一方で劣悪な戦場でいかに低コストで兵士の健康を保つことができるかといった研究が、内科医エルンスト=ギュンター・シェンク(映画『ヒトラー最後の12日間』に出てきた医師)により進められます。研究成果をより効果的にするため強制収容所の囚人に対する悲惨な人体実験も行われました。

以上、ドイツ軍の糧食のレシピの背景には食事を通じて国民の生活にまで浸透しようとしたナチスの食料政策があったこと、二度の大戦の合間における栄養学の発展、戦時下の食品メーカーの生き残りをかけた企業努力の業態、などが分かり非常に勉強になる一冊でした。


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脳内の99%をドイツ軍が占めている、そんなアラフィフ親父です。
注)当時のドイツ軍の装備・生活用品に興味がありますが、特定の団体・思想を支持するものではありません。

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スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943 (朝日文庫)
塹壕から故郷へ送った兵士の手紙が興味深い「クリスマスはドイツ風に」の章は涙なくしては読めません

ケルベロス 鋼鉄の猟犬 (幻冬舎文庫)
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ヒトラーが暗殺された後の撤退戦を描いた架空小説。小道具にこだわるところがマニアっぽい

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