迷彩アノラック (Tarnungs Jacke)

世界で最初に迷彩服を大規模に兵士に支給したのは武装親衛隊ですが、陸軍もM31ツェルトバーンや防寒服(アノラック)スモック等に迷彩柄を採用し前線の兵士に送り届けます。
当時、世界最高の染料工業レベルのドイツでさえ迷彩プリントを施した布地を大量に生産するのは大変で染料の開発とプリント、固着技術の向上には並々ならぬ努力が必要であったと思われます。
考え抜いて意匠された迷彩効果は抜群で、兵士が止まっている状態であれば周囲の環境に溶け込むことができました。

 3_20110731110527.jpg  4_20110731110532.jpg
オークリーフパターンの迷彩服を着た親衛隊兵士は周囲の環境に完全に溶け込んでいます。
(『ドイツ武装親衛隊軍装ガイド』並木書房より 事情があって、わざとボケさせています・・・)

武装親衛隊の迷彩パターンについては全くの素人なので、詳細は『ドイツ武装親衛隊軍装ガイド』を参照下さい。

それでは守備範囲の陸軍の迷彩パターンに話を戻すことにしましょう。

28.jpg  21_20110731124636.jpg
上記はBuntfarbenaufdruck、通称スプリンターパターン(“破片”パターン)と呼ばれている迷彩柄で30年代初めライヒスヘーア時代に開発されました。

8 low data

スプリンターパターンは1931年にM31ツェルトバーンの迷彩柄として採用され、1935年に国防軍(ヴェーアマハト)に変わった後もツェルトバーンの他、スモックやヘルメットカバーなどの迷彩柄として1945年の終戦までドイツ兵のカモフラージュに一役も二役も買います。

Grenadiers koloriert
スプリンターパターンのヘルメットカバーポンチョ(ツェルトバーン)を着用した兵士。

そして1943年にはスプリンターパターンをベースにエッジにぼかしを入れ、タンイエローとダークグリーンをベースとした新たな迷彩柄ウォーターパターン(sumpftarn 43)が開発されます。

32.jpg
新たに考案されたこの迷彩柄は、スプリンターパターンが使用されていた衣服・装備のほとんどに採用されました。
(唯一の例外はツェルトバーンでしょうか?)
バリエーションとしてはエッジをさらにぼかし、色合いを少し濃くした44年型パターン(sumpftarn 44)があります。

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色合いの差です。左が43年型で右が44年型です。

このウォーターパターンが適用された代表的な被服が、43年に導入されたアノラック(Tarnungs Jacke)です。

Camojacke1.jpg
Camojacke3.jpg

中綿が入ったアノラックは、フードつきでウエストが絞れるようになっており防寒性に優れたデザインです。
9月15日から4月15日まで部隊単位で兵士に貸与という形で支給されたようです。
ちなみに、このアノラックのウォーターパターンは44年型と思われます。

Camojacke4.jpg  
Camojacke5.jpg
リバーシブルで裏返して着れば白の迷彩色となります。ボタンやインナーベルトも白色にカモフラージュされています。
上着と同じ迷彩が施されたズボンもあります。

防寒着として野戦服の上に着用する為、階級・所属部隊がわかるよう袖に肩章を取り付けられるようになっています。

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袖の紙製ボタンで右側の写真のように肩章を取り付けることができます。

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カモフラージュの効果が薄れるもしくは面倒なのか、実際に袖に肩章を付けている写真はほとんど見かけないのですが、グロースドイッチュランドのようなエリート部隊はきちんと着用しています
(『グロースドイッチュランド師団写真史』より)

迷彩効果を最も必要とする狙撃手にも当然支給されました。

anolack5.jpg   ZF41-8.jpg
(『THE K98K RIFLE』より)

しかしながらZF41狙撃用スコープでも紹介したゼップ・アラーベルガーの従軍記「IM AUGE DES JAGERS」(邦題『最強の狙撃手』Albrecht Wacker著)にはこんな記述もあります。

最強の狙撃手最強の狙撃手
(2007/03)
アルブレヒト ヴァッカー

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(本文)
    運ばれてきた物資の目玉は新型の冬用迷彩アノラックだった。 なかに綿を詰めたコットンの服で必要に応じて裏返して着ることができた。一方は雪用の白、もう一方は雪のない季節用に迷彩模様がほどこしてある。ところが、この防寒服に抱いた当初の期待はみるみる萎んでいった。・・・・引用終了

ゼップたちが落胆した点は、
―表面生地が破れやすく、雨天時や水につかった時、そこから水が浸入。水分を含んだ中綿は重くなって
  気持ち悪く、最悪体温を奪ってしまう。厳冬期には濡れた中綿は凍ってしまうこともあった。
―毛羽立った綿がシラミなどにとって隠れ家となり、「しらみつぶし」が困難。
―着膨れするアノラックを野戦服の上に着た為、少しの運動で汗が出て風邪を引く者が続出した。
―春になり何万着も捨てる(回収?)するのに時間がかかり師団の退却行軍が遅れた。
                                                               などなど・・・・

結局、ゼップが所属していた第三山岳師団では迷彩アノラックの着用は終戦までご法度となったようです。

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“グロースドイッチュランド”師団写真史―東部戦線におけるGD機甲擲弾兵師団1942‐1944“グロースドイッチュランド”師団写真史―東部戦線におけるGD機甲擲弾兵師団1942‐1944
(1999/05)
トーマス マックギール、レミー スペツァーノ 他

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『グロースドイッチュランド師団写真史』にも、このアノラックの最大の欠点は雪用の面が汚れやすく、すぐに迷彩の意味を失うこと、水分を含むとなかなか乾かないことと書かれています。

多くの欠点が指摘されるアノラックですが、中期以降の写真には着用している兵士の姿も多いということはやはりマントと比べて迷彩や防寒機能の点で優れていたと個人的には思うのですがいかがでしょう?

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短ゲートル (Gamaschen)

短ゲートル(Gamaschen)はアンクルブーツ(Schnürschuhe)を履いた際にズボンの裾がヒラヒラして邪魔にならないよう、また靴の中に土や泥が入り込むのを防ぐ用途で1940年8月8日に導入されました。

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アンクルブーツ自体は戦前から既に使用されており、短ゲートル導入以前は革製の脚絆を使用することが一般的でした。

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機関銃手の足元には脚絆が着用されています。

1939年9月のポーランド侵攻から1941年のソ連侵攻までのわずか2年間でドイツ軍兵力は急速に拡大します。
当然多くの資源が不足するようになり、革もその内の一つに数えられるようになりました。
そんな状況を打開すべく軍部はアンクルブーツを後方部隊向けに支給、前述の通り40年の短ゲートル採用後はアンクルブーツとの組み合わせで前線兵士にも支給され始め、42年頃から半長靴との置き換えが進められます。

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何年ごろの写真か判りませんが、半長靴とアンクルブーツが混在しています。

写真は初期型の短ゲートルの裏面です。表面は一番上の写真をご覧下さい。縦15㎝x横36cmのキャンバス製で、ベルトと留め金具が2つ付いており足首に巻きつけて固定するようになっています。

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裏面には番号のスタンプが見えますが、製造番号でしょうか?靴に当たる部分は革で補強されています。

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上記は後期型の短ゲートルです。補強革の形状が違います。

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装着方法は、このようになります。(左足の取付け位置が違ってしまいました)手持ちにズボンが無いので再現できませんが、裾を折ってたくし込むようにします。

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兵士の間では半長靴に比べてアンクルブーツと短ゲートルの人気は今ひとつでした。

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それはとても理解できます。
機能うんぬんよりも、整列した時の格好良さが全然違いますから。


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東部戦線従軍記章 (WINTERSCHLACHT IM OSTEN 1941/42)

こちらは戦傷章(銀章)と同時に入手した東部戦線従軍記章(WINTERSCHLACHT IM OSTEN 1941/42)です。
バルバロッサ作戦の冬季戦(1941年-1942年の冬の東部戦線)において一定の活動を行った枢軸軍兵士や民間人を対象として1942年5月26日に制定された従軍記章です。

1941年11月15日から1942年4月15日までの間、特定地域において以下の諸条件を満たす必要がありました。

・14日間戦闘に参加した者(空軍兵士は30回の出撃)
・60日間非戦闘活動に従事した者
・戦闘で負傷した者
・戦死した者
・戦傷章に値する程度の凍傷もしくは冬季の風土による負傷をした者

上記のような比較的緩い条件だった為、短い期間にも関わらず約250万~300万人が授章したと考えられています。
メダルの製造と授章に時間がかかった為か、授与期間は1944年10月15日までとされました。
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横36 x 縦40mmの亜鉛製で23の工程で作られています。

表面(左側)には国章の鷲と鉤十字・柏葉、裏面(右側)には「WINTERSCHLACHTIM OSTEN 1941/42」の文字と剣・柏葉がデザインされています。上部にはM35ヘルメットとM24柄付き手榴弾をモチーフにしたレリーフが刻まれています。ヘルメットが白色にペイントされているものもあります。
リボンの色は赤地に白2本と黒1本のラインで構成され、これら3色は国家色であるのと同時に赤は兵士の勇気・戦火・血、白は雪、そして黒は悲しい記憶(戦友の死など)の象徴とされています。

佩用方法としては、二級鉄十字章と同じくリボンのみ第2ボタンホールに縫い付けて着用することになっていました。

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二級鉄十字章のリボンと併用する場合は上記のように下に重ねます。

Wehrpass(軍隊手帳)Soldbuch(兵隊手帳)で紹介したErich Riedel軍曹も1941年6月から東部戦線で従軍した為、東部戦線従軍記章を授章しています。

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小さくて見えづらいですが、左胸にリボンバーを佩用しています。(剣付二級戦功十字章及び東部戦線従軍記章)

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Soldbuchの22ページ目にある記録によると、1942年8月10日に授章となっています。

東部戦線における戦意高揚を目的として作られたにも関わらず兵士からはシニカルな愛称(?)で呼ばれました。
例えば実際に凍傷による授章者が多かった為「冷凍肉勲章」と呼ばれたのは有名な話ですが、その他に41年冬の消耗戦がその後の撤退戦の原因になったことから「撤退勲章」、ロシアの厳しい冬を表現した「霜メダル」「ツンドラ勲章」「オーロラ勲章」、面白いのは「ヘルメット雪だるま」など32個も呼び名があったようです。
またリボンも両端の赤色を「赤軍」に見立て、ソ連軍に包囲された厳しい状況を表現することもありました。

なお東部戦線従軍記章は大量に作られた為、実物でもレプリカと変わらない金額で入手することができます。
非常の興味深い私の好きな従軍記章です。

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戦傷章-銀章- (Das VERWUNDETENABZEICHEN, Silber)

戦傷章(Das VERWUNDETENABZEICHEN)の銀章を入手しました。
銀章は戦傷章のうちで黒章の一つ上のランクで、授章資格は前線での負傷が3回もしくは4回、また一回であっても
手肢を切断するような負傷、片目の視力あるいは聴力を失うことでした。

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デザインは黒章と同じく、M35ヘルメットに剣、柏葉となっています。

 SWB2.jpg
裏面はフラットになっております。
刻印“65”はKlein & Quenzer of Idar/Oberstein社製を表します。

戦傷章(黒章)二級鉄十字章で紹介したHeinz-Ulrich Kurrle兵長の銀章所有証明書です。

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1944年12月14日に、シュレージエン(現ポーランド)のレグニツァ Liegnitzで授章しています。
そういえば、『戦争のはらわた』のスタイナーも銀章を付けていましたね。


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M42野戦服 (Feldbluse 42)

日本からハンドキャリーしてきた数点の中にM42野戦服(Feldbluse 42)があったので、アップしたいと思います。

前回アンクルブーツでは戦争末期の悲壮感が無いと書きましたが、このM42野戦服が採用された42年ごろから徐々に生産性や実用性を重視した省略化が行われ、決定的な敗北を喫するスターリングラード以前と言えども、なんとなく当時の逼迫した状況が、この野戦服を見ていると伝わってくるような気がします。 


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M36/40からの大きな変化点は、ウールに対するレーヨン混合率が上がった為、補強の為にボタンが6つに増えたこと、そしてポケットのプリーツが省略された点です。

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背中側もはそれほど大きな変化はありません。


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インナーは内蔵サスペンダーが廃止され布製のタブに代わっています。
 
M42野戦服に関しては現物が少なからず残っており、特にレアアイテムというわけではありませんが、M36からM44まで多くの野戦服が戦争終了時に徽章を一度外され、再度取り付けられている中で、この野戦服は工場出荷時のまま、いわゆる初付けである点が最大の特長です。

M42-05.jpg  
襟章およびトレッセはミシン縫い、胸の鷲章はジグザグ縫いとなっています。
戦後に当時の縫い付け方法で、取り付けられた可能性もありますが・・・まぁ雰囲気的にOKかと。

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胸ポケットです。フラップの波形状がまだ余裕を感じさせます。(こちらは次のM43で省力化されフラットな形になります)

M40のところで、野戦服は着古してヨレた状態が好きだと書きましたが、このM42もつぎはぎだらけ私好みの一着です。

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脳内の99%をドイツ軍が占めている、そんなアラフィフ親父です。
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