M31飯盒(Kochgeschirr 31) Part2

今回のお題は1943年に製造された末期型と言われるM31飯盒(Kochgeschirr 31)です。以前紹介したいわゆる初期型のM31飯盒はアルミニウム製でしたが、こちらは全てが鋼材(スチール)で造られています。

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容量は1.7リットルでシチューやスープなどを温めたり、お湯を沸かすことに使われました。

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蓋は取手が付いていてフライパンや皿にもなります。

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DMNはベルリンのTornado, Fabrik elektrischer Maschinen und Apparate社のコードです。

戦争が進むにつれてアルミニウムは航空機に使われるアルミニウ合金いわゆるジュラルミンの材料として貴重となってきた為、 1942年頃から飯盒にはスチールが使用されるようになりました。なお前回紹介したM31水筒の本体やカップも飯盒とほぼ同じ時期にスチール製のものが出てきます。
ちなみに自分の中ではジュラルミン=B29のボディというイメージが強く、てっきりアメリカで発見されたものと思っていましたが実はドイツで発見されたんですね。

B-29_in_flight.jpg

ジュラルミンは、1906年ドイツ中西部のデュレン (Düren) で、ウィルム (Alfred Wilm) によって偶然に発見された。このデュレンとアルミニウムの合成語が、ジュラルミン (duralumin) である。また、ウィルムによって、ジュラルミンの時効硬化現象が見出された。もともとは薬莢の材料として、銅と亜鉛の合金の黄銅を用いていたが、「もっと軽いアルミニウムを銅と混ぜたらよいのではないか」という発想から得られたものである。結果としてその試みは失敗したが、思わぬ大きな成果を得た。
1910年代、ツェッペリン飛行船やユンカースの輸送機への導入を機に、航空機用資材として広く用いられるようになった。日本の零式艦上戦闘機をはじめとする軍用航空機にも、住友金属工業が開発した超々ジュラルミン (ESD) 等のジュラルミン材が多用された。

-Wikipediaより抜粋-


ZERO.jpg
B29・零式艦上戦闘機の写真共にWikipediaより

航空機素材としてアルミニウムが貴重と書きましたが、当時のドイツで果たして本当にアルミニウムは不足していたのでしょうか?ネットで調べるとアルミニウムの原料ボーキサイトはドイツ国内では入手困難だったようですが、同盟国や占領国(ハンガリーやバルカン半島諸国)では採掘できたようです。国内備蓄もそれなりにあったと考えれば水筒や飯盒程度の消費のために材料を変えなればいけないほど窮していたとは思えません。確かに連合軍の戦略爆撃やパルチザンの妨害工作によって原料を国内もしくは同盟国の工場へ運ぶ輸送経路の混乱はあったとはいえ、むしろ戦後ジュラルミン部材の余剰が見られた日本同様、航空機を作る工場や人手の方が深刻な不足状態だったと考えるべきです。(だったら材料をスチールに変えても同じことですね)アルミニウムの製法に何かヒントがあるのではないかと思いまたまたWikipediaで調べてみました。

アルミニウムは、鉱物のボーキサイトを原料としてホール・エルー法で生産されるのが一般的である。ボーキサイトを水酸化ナトリウムで処理し、アルミナ(酸化アルミニウム)を取り出した後、氷晶石(ヘキサフルオロアルミン酸ナトリウム、Na3AlF6)と共に溶融し電気分解を行う。したがって、アルミニウムを作るには大量の電力が消費されることから「電気の缶詰」と呼ばれることもある。

-Wikipediaより抜粋-


アルミニウムを作るには大量の電気が必要、恐らくこれが答えではないでしょうか。当時も電気を作るのはほとんどが火力発電、つまり石油や石炭などが必要でこれら化石燃料がドイツで不足していたのは明らかです。アルミニウムからスチールに変えたのは材料の節約というよりも、電気の節約そして生産性の向上だったと考えられます。(何をいまさらな内容ですみません)

messkit8-1.jpg 
蓋の内側部分には赤い錆防止の塗装がされていますが、本体は外側と同じ塗料で塗られています。通常本体と蓋は同じ処理がされているので製造工場や時期が違う可能性があります。(ただし本体、蓋ともに外側には錆防止の塗装があり)
アルミ製飯盒にはあった500ccずつの目盛りがスチール製飯盒では省略されています。


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取手の取り付け部は折り曲げた鋼板を溶接しただけです。


messkit6.jpg
取っ手基部の比較。初期型は一体鋳造ですが、末期型は鋼板を折り曲げただけです。末期型は何故か取手の方向が反対に付けられてしまっています。


初期型と末期型の前方から見たところ。
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塗装がフィールドグレーからオリーブグリーンに変更されています。なお初期型の方が、若干大きいようです。


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M31水筒 (Feldflasche 31) Part2

フランス, ブルターニュ半島 ブレスト -1943年1月

ハインツ・クルレ兵長は憂鬱な気持ちから抜け出すことができなかった。
かつての敵国ながら第2の故郷とまで思えてきたこの町を離れることも辛いが、よりにもよって次の任地がロシアとは。
スターリングラードで第6軍が包囲されたというニュースは瞬く間にドイツ全土に広まり、4000キロ以上離れたこのブルターニュ半島にも伝わってきた。ドイツ軍が瀕死の赤軍に負けるなど到底信じられないが、3日後に出発が迫っているのは現実として受け止めなければならない。

ブレストはフランス最西端に位置する軍港でUボート・ブンカー(基地)があり、彼の所属する第683擲弾兵連隊第2大隊は基地の守備隊として1年前から駐留していた。町は戦時中とは思えないほど平和で、非番に酒場に繰り出した兵隊どうしの喧嘩(原因の多くは女であるが)や気まぐれのように行われるレジスタンスの妨害工作(といっても電話線を切る程度)以外にさしたる厄介事もなく、誰もがこの海辺の町で終戦を迎えると信じて疑わなかった。


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まして東部戦線から一番離れた場所にいる自分たちがロシアに行くなど、ゲーリングが減量して戦闘機パイロットとして戦線に復帰する以上にあり得ない話だと思っていた。
いい気になっているロシアの農民どもを誰かが懲らしめてやるべきだが、まさか自分たちが行くことになるとは想像さえしなかった。

map.jpg

戦地に赴く兵士への餞別のつもりだろうか?小銃、衣服以外はすべて新調され、中綿入りの冬季用迷彩服も支給された。クルレは新品の水筒を手にとってみた。これまで使っていたものと形は同じだが、カップの色が黒から深い緑色に変わっている。
北アフリカ行きの兵士にカモフラージュの目的でダークイエローに塗装された装備を支給されるのは理解できるが、この色に何か意味があるのだろうか?クルレはしばし考えを巡らせたが、自分を待ち受ける運命と比べると取るに足らないことに気がつきそれ以上考えるのは止めた。


今回は出だし部分を戦傷章で紹介したHainz kurrle兵長の軍歴と写真をモチーフに物語風にしてみましたが、いかがでしたでしょうか。
さて、クルレ兵長が出発前に支給されたのがこちらのM31水筒です。

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フェルトカバー付きのアルミ製水筒で0.8リットルの容量です。アルミ製カップはオリーブグリーンの塗装がされています。

CT3.jpg
カップは革ストラップで本体に固定されています。カップと本体は同一のメーカーで作られ、それぞれ同じメーカーコードと製造年が刻印されました。

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カップに「H.R.E 42」の刻印があります。Heinrich Ritter, Esslingen社1942年製を表します


  CT4.jpg        ct1.jpg

左の水筒は以前紹介したCFL製のものでカップは黒色に塗装されていますが製造年は左右とも同じ42年製です。
もともとカップは左のようにつや消し黒で塗装されていましたが、戦況の変化に応じ迷彩効果を高める目的でオリーブグリーンに変更となりました。
なお、フェルトの色や革ストラップにも若干の違いがありますが、これは製造工場の違いによるものと思われます。

下記は飯盒と水筒のカップの色の変更を指示した1941年4月23日付けの命令書です。 (HM No. 435, 1941)
命令書及び英語の翻訳文は、このブログのリンクにもあるオランダ在住のコレクターTom氏のサイトから許可を得て転載しました。
Tom-san, Thank you very much!

hm41_435_farbe_trinkbecher.jpg

435.
Color of the painting of Mess Tins and Drinking Cup
            第435号 飯盒及び水筒カップの色変更について

Mess Tins and Drinking cups made out of leight weight metal
are to be painted in a olive green color.
軽金属(アルミ)の飯盒及び水筒カップはオリーブグリーンで塗装されたし。

To ensure that appropriate colors are used for this purpose,
the troops have to report their need of paint for renewal of the
painting coat at the prescribed requirement route.

本目的に正しい色が確実に使用されるべく各部隊にて換装に必要な塗料の
申請を前述の要請ルートにて請求すべし。


The supply to the Army clothing offices of the needed paint is
arranged by the Army Procurement Agency.
陸軍被服部門への必要な塗料の支給は陸軍調達本部にて準備する。

Sealed color samples are deliverd to the Army clothing offices,
the Army procurement Agency and to the AHA/Bkl
色見本は陸軍被服部門、陸軍調達本部びAHA/Bkiへ配給する。

AHA=Allgemeines Heeresamt(陸軍総務局)
Bkl=Heeresbekleidungsabteilung(陸軍被服部門)


参考までにドイツ軍で使用されていた省略文字の一覧はこちら

このような命令が出された後もCFL刻印の水筒のように黒いカップは製造され続けたようです。Tom氏のサイトでは43年刻印の黒カップが紹介されています。

hangou281.jpg

なお上記の飯盒は1937年製ですが、オリーブ・グリーンで塗装されています。もともとは黒色だったのが、命令書に従い一度回収され塗り直された可能性があります。

― と上記には書きましたが、やはりオリジナルの塗装のようです。
下記2枚はいずれも1941年以前の写真ですが、当時としては珍しいカラーで撮影されており飯盒の色を見ると必ずしも黒ではないことが分かります。

life_262.jpg  aky.jpg

冒頭で書いたように全装備が一新されるということは無かったでしょうが、占領地から前線に転任となる場合、最新仕様の装備に変更されたことは間違いありません。

photo5.jpg  
この写真はクルレ兵長がブレストの駐屯地で42年に撮影した写真です。左の兵士の持つ水筒のカップの色は黒です。

クルレ兵長はこの後フランスを離れポーランドのワルシャワを経由してスターリングラードでの勝利で勢いに乗る赤軍を迎撃すべくロシアへ向かいます。
続きの話はまたいつか。


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雑嚢の中身 ~衛生用品・雑貨編~

雑嚢の中身その3は「衛生用品・雑貨編」です。

① 手帳 (Notizbuch)

  dairy_20121103233514.jpg
まさに「黒革の手帳」もしくは「ブラック・ダイヤリー」。
軍から支給されたSoldbuch(兵隊手帳)ではなく、個人手帳です。

dairy page1  dairy page2
1ページ目には持ち主の所属部隊や名前、オーストリアの詩人Friedrich Halmの詩の一節も書き写されています。
地図記号や、モールス信号の解説、無線機の操作方法などが記述されています。


② 野戦郵便専用BOX (Feldpost Kasten)


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封書以外の野戦郵便を送付する専用の箱です
たて11 xよこ7.5 x 深さ3.5 cmの紙の箱で差出人の名前と宛名を記入できるようになっています。
43年1月25日の消印があります。

feldpost01.jpg

中には歩兵突撃章と所有証明書、上官から授与した兵士の母親もしくは妻に宛てた手紙それと傷病者タグが入っていました。
前の持ち主によると、入院中に死亡した兵士の遺族へ送られたものとのことです。(合掌)


③ ニベア缶 (NIVEA CREME)

nivea0.jpg

現代でもお馴染みのニベアの缶です。直径7.5cm、深さ2cmのアルミ製の缶です。(中身はもちろん空です)
実は、最近までニベアがドイツの会社(Beiersdorf社)のブランドとは知りませんでした。
表面にはNIVEA CREMEとFUR HAUS UND SPORT(家庭及びスポーツ用)、ZUR HAUTPFLEGE(スキンケア)。
裏面には登録商標ナンバーでしょうか?Nr.368と容量(70 ccm=ミリリットル)、会社名と使用上の注意が書かれています。
乳化剤オイセリットがアフリカの太陽とロシアの寒さからドイツ兵の肌を守ったことでしょう。


④ アルカリ性眼軟膏 (Alkalische Augensalbe Behälter)


oinament1.jpg  
眼病予防の軟膏です。7.5cmのアルミチューブに入っております。
"Alkalische Augensalbe Wehrkreissanitätspark III Berlin". (アルカリ性眼軟膏 ベルリン軍管区第3衛生部隊所有)、 "Leere Tuben sammeln!" (空チューブは回収すること!)という文字が印刷されています。


⑤ フットパウダー (VASENOL FUSS -PUDER)
 

             fusspuder5.jpg               
水虫予防のパウダーです。Fuss-Puder(フットパウダー) Armee-Packung(陸軍向) 半長靴を履く歩兵には必需品です。
フタを外すとコショウのビンのように無数の穴が開いていて足にふりかけることができます。


⑥ 応急処置用包帯 (Verbandpäckchen)

bandage.jpg  

兵士は負傷した際、衛生兵が近くにいない時はこの応急処置用包帯を使って自分で手当てするよう訓練を受けていました。


⑦ 軍用ロウソク (Dienst Kerze)


    candle3.png    candle2.png

別名“スターリングラード・キャンドル”名前の由来は判りませんが。腹が減っていたらチョコレートと間違えて口に入れてしまいそうです。
使ってみていないので判りませんが、カップ一杯分の水を沸騰させることは可能かと思います。


⑧ 35mmフィルムと8mmフィルム (Filmkanister)


      filmcase4.png       filmcase5.png

35mmのロールフィルムのアルミケースです。AGFAの刻印があります。
ツァイスやイエナ、ライカなどドイツは世界一のカメラ大国であり、兵士も戦場にプライベートで購入したカメラを持ち込み写真を多く撮りました。
自分や戦友を撮ったフィルムは大切に保管され、野戦郵便で故郷へ送られたことでしょう。

filmcase6.png

こちらは、8mmムービーのフィルムです。こちらは個人というよりも、宣伝中隊(PK)の兵士が持っていたものでしょうか。
35mmも8mmも現像してみれば何か貴重な映像が写っているかも??


⑨ 財布 (Brieftasche)



wallet1.jpg        

wallet5.jpg  
某軍装ショップでセットで売られているのを購入しました。当時の兵士が使ったものかは判りませんが、雰囲気は出てます。
酒保でモノを買う程度の小銭と恋人と思われる女性の写真、入場チケットが入っていました。
どちらかと言えば、雑嚢よりも野戦服に入るアイテムですね。

今回は前2回で入れ忘れたモノを押し込んだ感が若干ありますが、雑嚢シリーズもあと1回位はできそうです。


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M44雑嚢 (Brotbeutel 44)

1942~43年のスターリングラード攻防戦で大きな損害を出したドイツ国防軍は、その後もとどまる所を知らぬソ連の攻勢に東部戦線各方面で撤退戦を余儀なくされます。
そして1944年6月には連合軍がフランス・ノルマンディに上陸、西からも攻撃されドイツの勢力圏は狭まる一方となります。またドイツ国内も無事ではなく英米軍の戦略爆撃により各都市は壊滅的な被害を受けます。

そのような状況下、物資調達の困難及び生産能力の低下は著しく、兵器・装備の簡素・省力化が急務となり装備素材は革から人工皮革や布、アルミは鉄に代わり、野戦服は丈が短縮されます。

ドイツ兵士に支給されていた雑嚢も省力化されます。それがM31雑嚢の末期型、通称「44年型=M44」と呼ばれるものです。終戦まで残り半年足らずの1944年11月20日に採用されました。(HM 44, Nr. 688)

  M44-2.jpg M44-3.jpg
この雑嚢は未使用っぽく、恐らくどこかの工場で作られて戦場に送られる前に鹵獲されたと思われます。
ぱっと見た感じではどこが省力化されているか判りづらい為、ドイツ軍の歴代の雑嚢を並べて比較してみたいと思います。

3_20111016091223.jpg   
左からM31雑嚢の初期型・中期型・末期型(M44)と古い年代順に並べています。

<おもて>
breadbag2.jpg

<うら>
breadbag12.jpg
初期型・中期型はウエストベルトループがボタンで外せるようになっていますが、末期型はボタンが廃止されておりウエストベルトしたまま外すことができなくなっています。また中央のフックも廃止、こちらもループ化しています。
(ちなみに初期型の補強革は中期型で廃止となっています)


breadbag4.jpg  
雨蓋を上げたところ。初期型と中期型はほぼ一緒、M44には別パーツでポケットが取り付けられています。
このポケットこそが、M44の最大の特徴なのです。


6_20120116141039.jpg
このポケットにはM34クリーニングキットを収納することができます。

     2_20120116141039.jpg
最初このポケットの存在を知ったときは、逆に手間増えてないかコレ?と疑問に思いましたが、Aフレームバッグの廃止に伴うものだと知って納得しました。
しかし本来Aフレームバッグ入っていたモノたちはどこに入れたんだろう?という今度は別の疑問が・・・

なお、雑嚢の中身についてはこちらをご覧ください。


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官給セーター (Schlupjacke)

この趣味を続けていると、時々表から見えない部分がどうなっているか興味が沸いてくることがあります。
その中でも、ドイツ兵士が野戦服の下に何を着ていたのかが大変気になります。

こういう場合、やはり当時の写真を手がかりにするのが一番です。
戦場では野戦服をかっちりと着ている兵士も、兵舎ではリラックスできるのでしょう、上着を脱いでいる写真を多く目にすることができます。

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定番のヘムト(シャツ)以外に下着の上に直接セーターを着ている兵士も多く、年間を通じて朝晩が冷えるドイツでは毛糸のセーターは必需品だったと思われます。

必然的に東部戦線の兵士もセーターを着ていたと考えて差し支えないでしょう。

SWEATER3.jpg  
最も一般的なセーターはM36野戦服と同時期に支給された「36年型セーター」です。(こちらはレプリカです)
Vネックと袖の部分にグリーンのラインが入っているのが特徴です。
Vネックではなく、丸襟になっているタイプ、タートルネックタイプのセーターも存在しております。

6_20111002072723.jpg
そして、こちらは36年型のバリエーション?と思われるセーターです。

P1019257.jpg
タグにはメーカー名(Th.Elzner BERLIN)と、GR.3(サイズ表示)があります。

5_20111002072724.jpg
36年型セーターとの比較。つくりはほぼ同じですが、グレー色がより濃くVネックの緑のラインの幅も違います。

7_20111002072723.jpg
袖にあるラインの幅は全く同じです。

このセーターはドイツ軍オリジナル品ということで海外オークションに出品されていました。
商品説明には、米国陸軍第101空挺師団第506落下傘歩兵連隊A中隊にいたJohn Grossoという兵士がバストーニュで捕虜にしたドイツ軍兵士から奪ったセーターとか。
本当の話だったらスゴイですが、101空挺うんぬんはハナから信じず、当時の写真を片っ端から調べました。

20_20111002085841.jpg
白丸内の2人の兵士のセーターをご覧下さい。
左側の兵士が着ているセーターのVネックのラインは、隣の36型と思われるラインの幅よりも明らかに太くなっています。
ただし、1番最初の写真に写っている手前の兵士が着ているカーディガンと同じ可能性もあります。

8.jpeg
では、こちらはいかがでしょうか?
左側(36年型)に比べ、右側に立ってこちらを向いている兵士のセーターは色が濃くラインも太く見えます。
しかし斜めからの写真なので、ラインが曖昧でいまいち確信に至ることができません。

19.jpeg
これだ!中央のアコーディオンを持った兵士のセーターのVネックラインは明らかに太い!

・・・しかし、まだ何かが引っかかります。


そこで、セーターの写真を白黒にしてみました。

21_20111002094659.jpg  
あー!!ラインが消えた!!(実際白黒にしたのは、出品写真です)
カラー写真だとはっきりと判るラインも、白黒だとご覧の通りです。もう一度、さっきの写真と見比べてみましょう。

右端の正面を向いている3名が着ているセーターと似てます、いや同じと言って過言ではないのではないでしょうか??
22.jpeg

これでやっと、入札するふんぎりがつきました。
そしてそれから約半月後、このなんとも人騒がせなセーターを無事に入手することができたのでした。(めでたしめでたし)

・・・と今回やや無理やりまとめた感が否めませんが、こういうことは本人が納得していれば良いのです。
さて、お次は101空挺師団のJohn Grossoなる兵士について調べてみるとしますか。

24.jpg 


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エーデルマン

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脳内の99%をドイツ軍が占めている、そんなアラフィフ親父です。
注)当時のドイツ軍の装備・生活用品に興味がありますが、特定の団体・思想を支持するものではありません。

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