野戦郵便 (Feldpost)

フランス, マルセイユ -1943年2月

ハインツ・クルレ兵長は高台にある兵舎の戸口に座って海を眺めていた。同じ国でも大西洋側と地中海側でこうも町の雰囲気が違うものだろうか。

feldpost10.jpg

部隊がマルセイユに到着したのは1月下旬。この港から海路でイタリア半島に沿って地中海を横断し同盟国のアルバニア、ルーマニア経由で南ロシアに向かうと思われたが、まだ輸送船を手配できないでいる。
マルセイユの港は日々北アフリカからの負傷兵や代わりに送られる兵隊や物資でごったがえしており、ロンメルが輸送船を一隻でも多く必要としていることは間違いなく、それが足止めの原因になっていることは容易に想像できる。陸路で行くにしても輸送列車の割り当ては負傷者の移送が優先で、あの数だと自分たちはいつになるか判らない。列車に乗れる負傷兵の多くは瀕死の状態で祖国に着く以前に力尽きてしまう者も多いだろう。それでもドイツに帰れるだけ上等だ。ロシアでは負傷兵が拳銃と銃弾二発を渡されて戦場に置き去りにされているという噂である。一発は敵に、そして残りの一発は自分用だそうだ。

クルレは野戦服の胸ポケットからタバコを取り出し、小さなアルミ製の軍用ライターで火をつけると最初の煙をゆっくりと深く吸い込んだ。こうしている間にも多くの仲間が北アフリカやロシアで闘いそして死んでいる。時々焦燥感で押しつぶされそうになるが、心のどこかではこのままここで平穏な日が続くのを望んでいる。クルレは短くなったタバコを投げ捨てると隣で野戦郵便用の葉書で手紙を書いているブレーメン出身の上等兵に声をかけた。

「フランツ」
「なんですか?兵長」

フランツと呼ばれたまだ顔にあどけなさが残る兵士は手紙を書く手を止めて、クルレに顔を向けた。
20歳になるかならないかで恋人がいてもおかしくない歳だ。

「彼女への手紙か?」
「彼女ならいいんですが・・・残念ながら母親です」
「母親でどうして残念なんだ?手紙を出す相手がいるだけいいよ」
「兵長は手紙を出す相手はいないんですか?」
その問いを想定できなかった自分の迂闊さに舌打ちしたが、誤魔化しても仕方がないと思い正直に答えた。

「父も母もハンブルクの空襲で死んだよ。兄はモスクワの戦いで行方がわからない」
「すみません、知らずに聞いてしまって・・・」
「いや、いいんだよ。お袋さんは元気かい?」
「はい、それが元気すぎるぐらいでして。この間もシュナップスを飲みすぎて酒場でつぶれた親父を5キロ離れた家まで引きずって帰ったそうです」
「それはすごいなぁ」
クルレは笑いながら、この髭も生えていない若者の屈託の無さに好感を持った。

「兵長」
「ん?」
「自分たちはいつまで此処にいるんでしょう?」
それはこっちが聞きたいと言いかけたが、こういう時に部下を安心させるのも長く軍隊でメシを食っている人間の務めではないか、そう考え自分でも納得する答えを捜した。

「それはいつ戦争が終わるのか考えるようなもんだよ。後からあの時こうしておけば良かったなんて後悔したくなければ、先のことは深く考えずに今を楽しんだほうがいい。時間があれば、知り合いに片っ端から手紙を書くんだ」
その場しのぎの答えに納得したかどうかは判らないが、「判りました」と言って、フランツは目を手紙に戻した。

(今を楽しめか・・・)
クルレはついさきほど自分の口から出た言葉を心の中でつぶやいてみたが、どこか遠い国の言葉のように感じられた。


※上記は実在するKurrle兵長の従軍記録(スクラップブック)を元にしたフィクションです。

kurrele2.jpg

マルセイユでのKurrle兵長(奥から2番目の眼鏡をかけた兵士)

Kurrle兵長のスクラップブックに貼られた写真の順番から南ロシアの前にマルセイユに滞在していたことは確かなのですが、文中のように地中海を横断してアルバニア経由で南ロシアへ行くという話は全くの創作ですのでどうか突っ込まないでやって下さい(笑)

さて、今回のネタはフランツ上等兵が母親に書いていた野戦郵便(Feldpost)に関してです。

まずは常套手段のWikipediaから(英文意訳)。
野戦郵便はドイツ軍の軍事郵便制度でその歴史は18世紀のプロイセン王国に遡り、7年戦争やバイエルン継承戦争では既に導入されていた。1937年から1939年まではドイツ国防軍が国内無料の郵便システムを運営しており、1939年9月3日からは250gまでの葉書や手紙(新聞含む)が無料となる。1939年後半には(250g以上でも)1000gまでならわずか20ライヒスペニヒでの郵送が可能となった。ドイツ軍各兵科が専用の郵便部隊を有していたが、通常は戦場に最も近いt野戦郵便局が全兵科の郵便を取り扱っていた。(中略)通常、野戦郵便は民間郵便局では取り扱わず、もし兵士が民間郵便局から発送した場合は有料となった。

当時、野戦郵便は戦地(もしくは捕虜収容所)の将兵と内地の家族・恋人・友人をつなぐ主な手段で、第二次大戦では300億から400億通の郵便がやり取りされたと言われています。

まずは雑嚢の中身 ~衛生用品・雑貨編~で紹介した野戦郵便専用BOX (Feldpost Kasten)です。

feldpost1.png


そしてこちらは野戦郵便で送付された手紙(封筒)です。

feldpost9.jpg

右上には1943年5月7日消印のFELDPOSTのスタンプが押されています。このような非官製の便箋には「Feldpost」の文字が手書きで書かれています。宛先と住所が書かれていますが判読不能。

feldpost6_20111114082528.jpg  

便箋の裏側には、差出人の名前と野戦郵便番号(Feldpostnummer=FpNR)が書かれています。
野戦郵便番号は大隊ごとに割り当てられた5桁の数字とAからEまでのアルファベットで構成された識別番号です。番号であれば郵送途中で敵の手に渡っても所属部隊名と場所の暴露を防ぎ、また部隊が移動しても番号で容易に追随できます。
数字の前にLとMが付く場合もあり、それぞれ空軍(Luftwaffe)と海軍(Marine)用とされています。

なお野戦郵便番号の特定は下記のサイトで調べることができます。
http://www.stampsx.com/ratgeber/stempel-datenbank.php
ちなみに上記の野戦郵便番号23291は、陸軍第38猟兵大隊の番号と出ました。

下記は官製の葉書です。

feldpost12.jpg

左側に差出人(Absender)、右側に宛先(An=英語のAt)と野戦郵便番号(Feldnummer)を記入します。


feldpost13.jpg

こちらも官製葉書ですが、FeldpostではなくPostkarteと書かれており切手を貼る場所があります。


feldpost21.jpg
こちらは官製の封筒です。太い下線の部分に野戦郵便番号を記入します。この封筒の特長は折り込めばコンパクトにすることができる点です。

feldpost22.jpg

feldpost20.jpeg  
裏面に内容を書いた後、縦の線に沿って半分に折り、さらに横の線で4つに折った後に羽の部分に糊を付けて封をします。コンパクトになる上に葉書よりも多くの文字が書けるというアイデア封筒です。

ただし内容に関しては古今東西、どの国も検閲は免れません。
ドイツ軍では下記のような内容を手紙に書いたり送ったりすることは禁止されていました。

1.現在地や攻撃目標、保有兵器などの軍事情報
2.流言
3.写真や絵など
4.敵のプロパガンダ(宣伝)
5.第三帝国や軍隊の活動方針に対する批判的なコメント
6.スパイや破壊工作を促すような記述

郵便は検閲所にて開封され検閲を経た後、便箋の場合は“検閲済み”と印刷されたテープで再封、そして葉書の場合は検閲済みのスタンプが押されました。なお、政府高官及び将軍の郵便物は検閲されなかったようです。

検閲の為、ありのままを書けなかったとは云え、当時の兵士の生活や心情を知る資料として野戦郵便は貴重であり、コレクションの対象としても非常に奥の深い分野です。今回Kurrle兵長の話の成り行きで取り上げた為中途半端な内容になってしまいましたが、今後も引き続き注目していきたいと思います。

Bundesarchiv_Bild_101I-721-0387-30A,_Frankreich,_Verteilung_von_Feldpost
Bundesarchiv_Bild_101I-721-0387-30A,_Frankreich,_Verteilung_von_Feldpost
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この記事へのコメント

毎回感心しています - 冬野ソナタ - 2011年11月14日 19:17:48

今回も素晴らしい更新、楽しく拝読しました。
奇をてらわず基本的なコンテンツを取上げている点に感心しています。
また、私と歳が近いと思うのですが、良いコレクションを持っていらして、こちらも感心しきりです。
毎週の更新は大変でしょうが(私なぞ休日はばてております)これからも楽しみにしております。

Re: 毎回感心しています - エ-デルマン - 2011年11月15日 23:02:19

>冬野ソナタ さん
毎度訪問ありがとうございます。
実は軍用車両やオートバイ、小火器(こちらは少しはありますが)なども欲しいのですが、軍用資金の関係もあってどうしても基本的なモノに限られてしまっています。まぁ、元々兵士の日常生活的グッズが好きなのでこのままでも十分満足しておりますが。ただ、そろそろモノの収集は止め、今後は一次資料をベースに当時の兵士が置かれた状況をいろんな角度から深く掘り進めて見ていきたいと考えています。

- 履歴書の封筒 - 2011年11月25日 12:32:29

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

Re: タイトルなし - エ-デルマン - 2011年11月27日 08:50:09

>履歴書の封筒さん
ありがとうございます。
懲りずに新たなネタを仕入れ中なので
ぜひ、また遊びに来てください。

- ダヤン - 2017年01月08日 11:24:19

エーデルマンさん、初めまして
Feldpostの記事が簡潔に判りやすくまとまっていて、たいへん参考になりました。
ありがとうございます。
ただいま趣味でTigerfibelの英訳と和訳をチャレンジしておりまして、ちょうどFeldpostの単語が出てきたページを作業中です。

でわでわ

Re: タイトルなし - エーデルマン - 2017年01月29日 02:17:52

ダヤンさん

コメントありがとうございます。
数か月前に『ドイツ国防軍兵士たちの100通の手紙』という本を読みまして、改めてFeldpostに興味を持ちました。
Tigerfibelの翻訳素晴らしいですね。和訳完了したら、シェアいただけると嬉しいなぁ。

エーデルマン

- ダヤン - 2017年02月04日 15:30:13

エーデルマンさん、
ご返信ありがとうございます。気付くのが遅れて失礼いたしました。

個人趣味でTigerfibelを英訳して和訳する作業を始めてから2年間やっております。それでも全体156ページの45%が出来たところで、出来るだけ前倒しで頑張ってるところです。
過去に和訳されたものが、「図説」ティーガー重戦車パーフェクトバイブルと、シュトルム&ドランク シリーズ No.1 ティーガー 戦車マガジン6月号別冊 という2つの雑誌に、記載されていますね。残念ながら、資料の全部を網羅していないので、あえて原語から翻訳して完全版+解説データ付を目指したいと思っています。
趣味の品ですが、完成の際にはまだお声がけできればと思います。

Re: タイトルなし - エーデルマン - 2017年02月05日 08:20:09

ダヤンさん

一次資料の翻訳は少しだけ経験がありますが、一番やっかいなのは相応しい言葉への置き換えですね。
ドイツ語と英語は比較的相性が良いのですが、当時の軍隊用語や機械語は現代用語と完全に一致しないことが多いです。
ティーガーのマニュアルなら英訳版も存在していると思いますが、それでも敢えて言語から翻訳する拘りは理解します。
ぜひとも頑張ってください。(完成後にはぜひ弊ブロブで取り上げさせて下さい)

エーデルマン

承認待ちコメント - - 2017年02月06日 20:25:26

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脳内の99%をドイツ軍が占めている、そんなアラフィフ親父です。
注)当時のドイツ軍の装備・生活用品に興味がありますが、特定の団体・思想を支持するものではありません。

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