シュカート (Skat)

ポーランド, ソビエト国境付近 -1943年2月

バンシーの悲鳴のような列車のブレーキ音で、ハインツ・クルレ兵長はまどろみから現実の世界に引き戻された。腕時計の針は夜中の3時を指している。今が何時か知らないほうが良かった。また朝までの数時間を取り留めないことを考えながら時間を潰さなければならない。

ワルシャワを出てから今日で3日目である。ポーランドの国境を超え(国境というものが存在していればの話だが)ロシアに入っているはずだが景色は一向に代わり映えせず自分たちがどこにいるのか皆目分からない。大隊が乗車しているのは電気暖房機能が付いた貨車だが、窓に目張りした板のすき間から入り込んでくるロシアの凍てつく冷気のおかげで寝ている間に凍死してもおかしく無いほど寒い。
クルレはありったけの衣服を着込み、軍用毛布を頭から被ってはいたがワルシャワを出て以来、寒さと漠然とした不安で熟睡することができず、毎日夜中に目が覚めては考え事をしながら朝までの時間を無為に過ごしていた。


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マルセイユを想定していたよりも早く出発することが出来たのは東部戦線に一人でも多くの補充兵(軍隊用語では“新鮮な肉”と呼んでいる)が欲しいマンシュタインが鉄道局のお偉方に直々に要請した為らしい。
マルセイユからはドイツを迂回するようにボローニャ、ウィーン、プラハと貨物列車を乗り継ぎ、2月中旬にワルシャワにたどり着いたが、弾薬と食料を積み込むとすぐにキエフに向けて出発となった。
ワルシャワもマルセイユと同じく戦線から送られてくる負傷兵と物資でごったがえしていたが、ロシアの負傷兵はアフリカ戦線戻りの兵士とは比べ物にならないほどの深い悲壮感を漂わせており、誰もが表情に生気がなく何かに怯えていた。
彼らが前線で何を見てどんな体験をしたのか、そのうち分かる時が来るだろう。


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負傷者輸送列車

先の事を考えると憂鬱になるばかりなので、クルレは退屈な車内で唯一の楽しみであるシュカート(Skat)の勝ち方について整理することにした。
シュカートは2から6のカードを抜いた32枚のトランプで行われるゲームで、3人のプレイヤーが単独プレイヤーと2人の対抗プレイヤーに分かれ10枚の手札で一勝負ずつ行い、最も得点を稼いだプレイヤーが勝ちである。勝つための基本は以下の3つである。

①単独プレイヤー(Einzelspieler)と呼ばれる勝負の主導権を握るプレイヤーになること。
②単独プレイヤーの特権である切り札の指定を行い、それを上手く使って61点以上稼ぐこと。(シュピール)
③さらに得点が増加するシュナイダーやシュバルツ、ウヴェアといった宣言を確実に成功させること。

ただし宣言は失敗するとしっぺ返しも大きいので持てる全ての勝負勘、運を総動員しなければならない。それに加え、相手プレイヤーの持ち札を確率論で推測し、それにどう対応するか即座に計算する能力も求められる。シュカートはそれ故、実戦経験の乏しい兵士の間では単なるゲームという域を超え、戦場での生存能力を推し量るモノサシとして考えられ、勝負に強い兵士は階級に関係なく仲間から一目置かれることになる。もっともシュカートは兵隊たちの娯楽である以外に不足しがちな食料やタバコ、その他生活必需品を入手するための手段でもあり、シュカートの勝負に長けていればその分、生存率は多少なりとも上がるわけだが。
クルレはこのシュカートが得意で特に将校シュカート(Offiziersskat)と呼ばれる二人用シュカートがめっぽう強く、中隊の中では彼の右に出るものはいなかった。勝ち取った賞品は必要なタバコ以外はすべて仲間に配ったのでその穏やかな人柄もあってクルレは上下関係なく誰からも好かれていた。
戦場で、シュカートをプレイしている時のように冷静に考えて対応できれば良いが、ワルシャワにいた負傷兵の感情を失った顔を見て以来、他の兵士のように楽観的にはどうしても考えられなかった。

考え事をしている間に夜が明けたようである。貨車の小窓から外を覗くと列車は大きな町に入っていく。貨車はどんどん速度を落としていき、やがて大きな駅に到着した。駅名標にはロシア語で『Киев』、その横にはドイツ語で『Kiew』と書かれていた。

クレル兵長はフランスから長い道のりを経て、ようやくロシア(現ウクライナ・キエフ)に到着しました。スターリングラード攻防戦で勝利し反撃してくるソ連軍との交戦はもうすぐそこに迫っています。
クルレ兵長は、果たしてシュカートのように難局を乗り越えることができるでしょうか?

ということで今回は、ドイツ兵の娯楽だったシュカートについて掘り下げて書いてみたいと思います。

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こちらがシュカートに使用されるカードです。52枚のトランプから2-6のカードを抜いて使っても全く問題ありませんが、上記は初めからシュカート専用にパッケージされています。

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箱のデザインです。THEDOR WAGLERは会社名、Posamentenfabrikは仕上げ工場、Berlin SW61 Blücherstraße 12 は工場のあった住所でFernsprech-sammel-Nr.663283/84は電話番号のようです。

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こちらはカードの裏側のデザイン。GRÖSSTES LAGER(最大級のストック) SCHNELLSTE ANFERTIGUNG(最速の生産)と自画自賛です。

シュカートの歴史についてはWikipediaから引用します。

19世紀初頭ドイツのテューリンゲン地方の町アルテンブルクで、シャフコップフ(Schafkopf)、ロンブル(L'hombre)、ソロ(Solo)、タロック(Tarock)をもとにしてできたとされている。スカート(Skat)の語源はイタリア語のscartareやフランス語のécarterで、伏せて置くという意味。1830年頃からドイツ全土へと広まり、特にライプツィヒ、ハレ、イェーナの学生の間で流行。次第に賭博にも使われるようになり、それにより得失点を倍増させる多くの変則ルールが加わった。

vTurm1.jpg
シュカートの町アルテンブルク

シュカートのカードにはドイツ式とフランス式の2種類があり、公式に使用されるのはフランス式の方です。フランス式の場合、キング、クイーン、ジャックはそれぞれドイツ語でケーニヒ(König)、ダーメ(Dame)、ブーベ(Bube)となり、スート(マークの種類)は一般的なトランプと同じでクロイツ (Kreuz)、ピーク (Pik)、ヘルツ (Herz)、カロ (Karo)と呼びます。
なおドイツ式ではキング、クイーン、ジャックをケーニヒ(König)、オーバー(Ober)、ウンター(Unter)、そしてエースの代わりにダウス(Daus)というカードが使われます。さらにドイツ式ではスートが独自のものとなり、クラブはアイヒェルン(Eicheln、どんぐり)、スペードはグリュン(Grün、木の葉)、ハートはロート(Rot、ハート)、ダイヤはシェレン(Schellen、鈴)となります。

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DC.jpg DS.jpg DH.jpg DD.jpg
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上からケーニヒ(König)、ダーメ(Dame)、ブーベ(Bube)です。
なお、http://www.froja.de/karten/berlin.htmlには年代別の絵札の図柄が載っており、左記サイトによるとこのカードは1931年以降に作られたバージョンのようです。

AC.jpg AS.jpg AH.jpg AD.jpg
こちらはエース札の各スートです。左からクロイツ (Kreuz)、ピーク (Pik)、ヘルツ (Herz)、カロ (Karo)

なおそれぞれのカードには強さがあり、強い順からA, 10, K, D, 9, 8, 7,となります。なおブーベ(Bube)は単独で切り札スートとして扱われ、強い順からとなります。
またカードにはそれぞれ以下の点数が付けられています。

A =11 点、10=10 点、K=4 点、D=3 点、B=2 点、9,8,7=0 点

全カード32枚のポイント合算は120点で、勝負をし過半数の61ポイントを取ることがゲームの目的となります。

skat18.jpg
ところでハートのエースには、Deutsches Reich Nr. 90と国家章のスタンプが押されていますね。これはトランプのようなギャンブル性の高いカードゲームに課された税金、いわゆるトランプ類税を収めたという証明スタンプです。
なおこのタイプのスタンプは1936年から1939年まで使用されました。Nr.90はアルテンブルク の税務署の番号とのこと。

次に実際のゲームがどのように進められるか、ほんのさわりの部分だけ書きたいと思います。(これまで知ったかぶりして書いてきましたが、実はゲーム未経験者なのです。細かい所はよく判っておらず、記述に間違いがあればご指摘下さい)
シュカートは3人でプレイするのですが、テーブルには4人、もしくは5人が座ることができます。(下記参照。5人の場合は1人が見学)まずは役割とプレイする順番を決めます。カードの山から一枚引いて、一番強いカードを引いたプレイヤーがディーラーになります。ディーラーが決まればその左側からフォアハンド、ミドルハンド、リアハンド(エンドハンド)となります。なお3人の場合はディーラーがフォアハンドとなります。(リアハンドという説明もあり)

Skat_family_card_game1.jpg

その後、ビッドで自分の手札のゲーム点を競り合い、単独プレイヤーを決めます。
単独プレイヤーは自分に有利になるように切り札のスート、ゲームの種類を選択でき、対抗プレイヤーに阻止されず61点以上稼ぐことで勝負に勝つことができます。
と、ここまでが私の理解力の限界です。これ以上詳細な説明はとても無理なのでご容赦下さい。

下記はYoutubeで拾った映像で、Skatのゲームの大まかな流れが判ります。(ディールの仕方、ビッドの流れなど)

どうやら真ん中に座った紳士がシュカートのルールを勘違いしたままゲームに加わってしまったようです。
しかし思ったよりもゲーム展開が速くて驚きました。

最後に、シュカートをしている当時の写真をSTEINER氏のご好意によりお借りできたのでご紹介したいと思います。
(写真のご提供誠にありがとうございます)

skat5.jpg
(STEINER氏所蔵)
これからゲームを始めようとしているところでしょうか。真ん中のプレイヤーの右側に座っている兵士がディーラーと思われます。(ディーラーから時計周りにフォアハンド、ミドルハンド、リアハンドになります)

skat4.jpg
(STEINER氏所蔵)
こちらの写真もディーラーを含めた4人でプレイしている所を撮影したものです。右端の兵士がディーラーでカードを配っているように見えます。兵卒に混じって士官がプレイしているところが興味深いですね。

skat23.jpg
『グロースドイッチュランド師団写真史』(大日本絵画)にもシュカートをしている写真が掲載されていました。こちらも士官と下士官が同じテーブルでプレイしています。

“グロースドイッチュランド”師団写真史―東部戦線におけるGD機甲擲弾兵師団1942‐1944“グロースドイッチュランド”師団写真史―東部戦線におけるGD機甲擲弾兵師団1942‐1944
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トーマス マックギール、レミー スペツァーノ 他

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クルレ兵長の件で書いたような、兵士の生存能力を占うということは無かったかも知れませんが、シュカートでの勝負には階級や学歴などは関係無く、親睦を深めるツールであったのは間違いなさそうです。

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