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野戦糧食(Verpflegung)Part3

今回はいつもと少し趣向を変えて最近読んだ『ナチスのキッチン 食べることの環境史』をレビューしたいと思います。なお、レビューといってもエーデルマンの興味がナチスの政策や思想になく、当時のドイツ軍の糧食とは?のため、かなり偏った読み方をしております。正しいレビューは下記amazonのカスタマーレビューか日経のブックレビューをご覧ください。


ナチスのキッチンナチスのキッチン
(2012/06)
藤原 辰史

商品詳細を見る
まず最初に著者はドイツの台所(Küche)の発展に寄与した3人の女性、ヒルデガルド・マルギス、エルナ・マイヤー、マルガレーテ・リホツキーを紹介します。テイラー主義に感化された3人の女性はそれぞれ、それまで居間のど真ん中にあり女性の労働時間を多くを占めた台所(窯)での作業改善、空間の最小合理化を図ります。オーストリア初の女性建築家で後に反ナチス闘争に身を投じるリホツキーによりシステムキッチンの源流ともいえるフランクフルト・キッチンが1927年に産声をあげます。

lihotzky.jpg flankfrutkichen.jpg
やがて1933年にヒトラーが政権を掌握すると著者が"台所のナチ化"と呼ぶ様に家庭にまで介入してきます。ナチスの思想原理は家父長制であり、女性は男性に仕えるものとされ、主婦は台所という戦場で戦う兵士という位置づけとなります。正しい食生活が健康な国民と兵士を作る、すなわち国家の発展は台所からというスローガンのもと、それまでの台所という閉じられた空間は一変して社会性を帯びます。

― これはFeldkochbuchの"炊事兵はシチュー砲を武器と考えよ"といったレトリックに似ていますね。戦闘に直接関与しなくても勝利は個々の努力にあるといったスローガンはナチスのプロバンガダに共通します。

FRAUENWARTE.jpg
ドイツは第一次世界大戦のイギリスによる海上封鎖で76万人の餓死者を出した経験から、「戦争に耐えうる国家」たるべく自給自足をめざし肉料理の削減(家畜飼料は輸入に頼っていた)、無駄の徹底排除、貯蔵方法の改良などを義務化、それをマイスター主婦制度、レシピの開発が後押しします。

― 家畜の飼料(トウモロコシやライ麦)を輸入に頼っていたため、食肉を自給自足できていなかったとは知りませんでした。ドイツでは肉とくに牛肉は高価で庶民の口にはなかなか入らなかったため、牛肉から肉エキスを抽出し滋養分多いブイヨンとしてスープに使用されたようです。当時のドイツ兵が口にしたスープにもきっと大量の肉エキスが使われたのでしょう。

eintopf1.jpg

そんな背景もあって、ナチスが国民に推奨したメニューがアイントプフです。アイントプフは野菜を中心としたごった煮料理で、少ない食材で安く美味しく、どの季節でも作ることができます。庶民的な料理のため、別名"農夫のスープ"とも呼ばれています。

ナチスはこの国民的料理をプロパガンダに利用します。1933年10月から「アイントプフの日曜日(Eintopfsonntag)」と銘打って10月から翌年3月にかけ毎月第一日曜日は豪華な食事の代わりにアイントプフを食べてそれで浮いたお金を募金するというキャンペーンを制度化します。

eintopf2.jpg
「アイントプフの日曜日」にアイントプフを食べるヒトラーとゲッペルス。
このキャンペーン、国民にはあまり人気がなかったそうですが、それでもナチスは総統も国民も同じ日に一緒にアイントプフを食べるというプロパガンダを通じて民族共同体としての強化を図ります。

eintopfsonntag_645.jpg

なお本書には当時のアイントプフのレシピがいくつか紹介されており、その中に「残り物のアイントプフ」という名前のレシピがあったので下記に転載します。

残りもののアイントプフ
野菜あるいは肉の残りもの
キュウリのピクルス 2個
サワークリーム コップ1杯
ジャガイモ 1キログラムから1.5キログラム
タマネギ 調味料

野菜のくず、肉汁ソース、ザウアークラフトあるいはエンドウ豆のピューレなどをいれたスープに、みじん切りにしたたくさんのタマネギと炒めた粉ふきイモを加えることで、刺激的なアイントプフが生まれます。この料理は、サワークリーム、胡椒、塩、キュウリ、マギー調味料によって強めの味付けをしながら、必要に応じて肉ブイヨンあるいは水を加えます。場合によって、ソースに穀粉を加えることもできます。


eintopf4.jpg

― うーん、美味しそうです。恥ずかしながらアイントプフを食べたことがありませんが、写真を見る限り日本の味噌汁や肉じゃがのイメージです。Feldkochbuchにある鍋料理のレシピはアイントプフのものかも知れません。

maggi1.jpg kummel.jpg
レシピの中に出てくるマギーの調味料は前回の日記で紹介した小瓶に入ったソースと同じと思われます。マギーの調味料は1886年6月にユリウス・マギーによって開発された化学調味料で、当時は大豆と小麦から作られていました。(現在は小麦のみ) なお、右のkümmelですが、正式にはキャラウェイと訳すべきだったようです。(キャラウェイとクミンは外観が似ているので混同されやすい) ちなみにキャラウェイもアイントプフの味付けに使われます。

マギーのほかにもクノールやドクトル・エトカーの名前も出てきます。
ドクトル・エトカーはベーキングパウダーで有名なドイツの食品メーカーですが、戦時中に貴重な卵と油脂、砂糖を使うケーキを作ることが好ましくないとされている風潮の中、企業の存続をかけて主婦には気分転換が必要という言説のもと、1939年に油脂も卵も使わない"戦時ケーキ"を開発、『時局のレシピ』の中で紹介します。

ヘーゼルナッツ・ケーキ
ヘーゼルナッツ 250グラム
砂糖 200グラム
ドクトル・エトカーのバニリン糖(バニラ豆から抽出される香料に砂糖を加えたもの) 1袋
ドクトル・エトカーの焼き菓子用香料ビター・アーモンド風味 2.3個
小麦粉 250グラム
ドクトル・エトカーの「バッキン」 12グラム
脱脂生乳 4分の1リットル

挽いたヘーゼルナッツの実、砂糖、香料、そして「バッキン」を混ぜてふるいにかけた小麦粉を、ボウルに入れ、混ぜ合わせます。それから少しずつ牛乳を加えていきます。牛乳は、スプーンでかき混ぜると生地が(きわめて)重くなる程度にまで入れていきます。生地は、油を塗り、すりおろした小型の白パンをまき散らしたナップクーヘン(鉢型スポンジケーキ)の型に流し込みます。焼き時間は約55分、弱めの中火で。


droctber1.jpg  droctber6.jpg
こちらは以前紹介したドクトル・エトカー製のプディングパウダー。

メーカー名にドクトルという名が冠せられているのは、創設者のアウグスト・エトカーが植物学の論文で博士号を取得しているからだそうです。
またこの企業は親ナチ的でヒトラーが首相になった1933年当時の社長リヒャルト・カゼロフスキーは同年5月にナチスに入党しており、ヒムラーのスポンサーでした。さらにその孫で1944年に社長になるルードルフ=アウグスト・エトカーも武装親衛隊員とガチガチのナチス一家です。

kochbuch.jpg

当時のレシピを捜し求め、ドイツ各地の古本屋を訪れた著者はドクトル・エトカーの料理本(Kochbucu)を頻繁に目にしたそうです。同社の戦略は自社製ベーキングパウダーの普及のため、『時局のレシピ』のようにそれを使った料理本を出版するというユニークなものでした。

終盤で著者はナチス時代の食生活をまとめるのに、ロバート・N・プロクター著『健康帝国ナチス』を引き合いに出してこう述べています。ナチス・ドイツの食事の傾向は肉と糖分、脂肪の過剰摂取からの脱却、シリアルや新鮮な果物、野菜などより自然な食事への回帰であり、肉体の自然治癒力を高めることが目的であると。正しい食生活はガンや心臓病を減らすだけでなく、生産性の高い工場、子沢山の家、強い軍隊を実現できるとナチスは考えていたとします。

poster.jpg

一方で劣悪な戦場でいかに低コストで兵士の健康を保つことができるかといった研究が、内科医エルンスト=ギュンター・シェンク(映画『ヒトラー最後の12日間』に出てきた医師)により進められます。研究成果をより効果的にするため強制収容所の囚人に対する悲惨な人体実験も行われました。

以上、ドイツ軍の糧食のレシピの背景には食事を通じて国民の生活にまで浸透しようとしたナチスの食料政策があったこと、二度の大戦の合間における栄養学の発展、戦時下の食品メーカーの生き残りをかけた企業努力の業態、などが分かり非常に勉強になる一冊でした。
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この記事へのコメント

- Rikkie - 2013年08月11日 12:51:28

どもども、エーデルマン殿。

今回も興味深いお話ですね。

ナチスが男父権威主義に基づく伝統的家庭を掲げていたのは、田島よーこあたりが見たら卒倒するでしょうね。

中華革命では「女性はスカートを捨てズボンを履いて銃を持つべし」とされて、地方の津々浦々まで歌劇団を送り込んでいたのとは対照的です。ソビエトも女性の狙撃兵、戦車兵、航空兵の動員で知られますから、その辺が国家社会主義と社会民主主義(≒共産主義)の違いでしょうか。中華の方は、その直前まで纏足なんていう習慣があったのですから、女性解放も道理があったということになりますか。

家庭レベルの備蓄も、ソビエトでは戦後も長いこと厳しく制限していましたから発想がまるで違いますね。「”私”の備蓄など許さず”公”に提供せよ」ということですか。ナチスの自動車債権は有名ですが、家庭のスープにまで戦提出を迫っていたとは驚きですなあ。我が国も、湯たんぽから寺の鐘まで徴発したのですから人様の事を言えたほどではありませんが。

いつぞや(数年前)の人民代議員大会で「我が党は有史以来初めて全国民がひとまず食わすことを約束する」というようなことを言っていて、それは画期的なことだね、と感心しましたが。
GDPが世界2位の国もそんなところですよ。

- 鍛冶屋 - 2013年08月11日 16:41:36

こんにちは エーデルマンさん。

昨日、"終戦のエンペラー"っと言う映画を観ました。
内容的には凄く感慨深い物だったのですがそれは置いといて、我々は
あの時代の事をあまりに知らなさ過ぎるんだなぁと感じました。

戦争とは、銃後の国民生活も含めてた時代それが戦争であったわけで、
とくにこのような資料はたいへん興味深いですね。
貴重なモノを開示・紹介下さって、ありがとうございます /^^)。

Re: タイトルなし - エーデルマン - 2013年08月11日 20:43:17

Rikkieさん

実際に3人の女性の一人ヒルデガルト・マルギスは女性解放運動で活躍しのちに反ナチ運動に関与したとの理由でゲシュタポに逮捕され拷問の末、死亡しました。
今は平和な時代なのでいいたい放題ですが、当時は命がけの行動で某先生に果たしてそこまでの信念があるかどうか・・・あれはTV向けのパフォーマンスだけのような気がしますが。

ドイツでは党の方針として女性は健康な子を産み、育てることが第一とされ軍事的役割分担はおきまりの従軍看護やせいぜい通信や事務など補助員程度でした。(これは敵だった英・米も同じです)歴史上、国土が戦場になになれば、女性も兵士として戦争に駆り出されるということがあったのではないかと思います。

備蓄制限やスープ(残飯)の供与ですが、ナチスは暴力による強制はしておらず、あくまでパンフレットやラジオといったメディアを通じた宣伝活動による刷り込みで国民に自発的に行動させる形を取っています。日本も「ぜいたくは敵だ」とか「欲しがりません勝つまでは」というスローガンの下で、戦争への協力体制を作っていった点は一緒ですね。どちらも従順な国民性を理解した上のうまいやり方だと思います。

Re: タイトルなし - エーデルマン - 2013年08月11日 21:17:40

鍛冶屋さん

国家総力戦とれば、戦場と銃後の生活は切っても切れない関係になります。特に食事はどこにいようが生きる上で不可欠なもので、国家が介入するとなおさら関連性は高まりますね。
"終戦のエンペラー"もう見られたんですか??うーん、見たい・・・こっちで上映しないかなぁ~(絶対ないない)

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脳内の99%をドイツ軍が占めている、そんなアラフィフ親父です。
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