クールラント従軍カフタイトル (KURLAND Ärmelband)

 GWも後半戦、皆様いかがお過ごしでしょうか? GW中ゲームばかりしているのも不健康なので、どこか近隣の低山にでも登ろうと画策していましたが、天気も不安定ですし、どこに行っても人ごみなので断念しました。
山登りほどでは無いですが、このような趣味のブログの更新も写真撮影やら調べものやらで意外とパワーを消費します。特に戦史が絡むと自分の知識不足を補う必要がある為、通常の3倍くらい時間がかかってしまいます。

ということでGWの時間を利用して以前から記事にしたかったクールラント従軍カフタイトル(KURLAND Ärmelband)について書きたいと思います。

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まずはカフタイトルのロゴになっているクールラントという場所やそこで行われた戦闘について、Wikipediaを引用しながら確認していきます。

クールラントというのはラトビア西部地方の名前で、現在はラトビア語でクルゼメ(Kurzeme)と呼ばれています。

Kurlandmap3.jpg 
この地域にはもともとバルト語系のラトビア人支族のクール人が住んでいましたが、13世紀に起こった神聖ローマ帝国の東方植民によりドイツ騎士団領の一部となった後は20世紀までドイツ人による実効支配が続いていました。

クールラントは13世紀始めにドイツから攻め込んだリヴォニア帯剣騎士団に征服され、1237年にドイツ騎士団領に吸収された。また沿海地域の一部にはクールラント司教区が設置された。クールラントはリヴォニアの他地域と同じくドイツ人の入植地となり、入植者とその子孫はバルト・ドイツ人と称された。その社会構造は、バルト・ドイツ人の支配階層がラトヴィア人農民を支配する、典型的な植民地型である。この構造は20世紀に至るまで長く続いた。

-Wikipediaより-
 
1941年にソ連侵攻(バルバロッサ作戦)が始まると北方軍集団がバルト三国を占領しますが、1943年2月にドイツ軍がスターリングラード攻防戦で降伏した後は、ソ連赤軍による反攻が始まりドイツ軍は徐々に西へ押し戻されます。そして1944年6月22日には大攻勢“バグラチオン作戦"が発動、その後1944年秋にバルト海沿岸部での"バルト海攻勢"が始まり、北方軍集団は中央軍集団と分断されクールラント半島に閉じ込められてしまいます。(クールラント・ポケット)

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ドイツ国防軍陸軍参謀総長ハインツ・グデーリアンは即刻、軍を撤収させ、ソ連軍が迫る中央ヨーロッパに配備しなおすべきだと主張した。しかし、ドイツ総統アドルフ・ヒトラーはこれを拒絶、(中略)ヒトラーが軍の撤退を拒否したことにより、クールラントで包囲された軍は再編成され、およそ200,000の将兵が25個師団に再編成、第16軍、第18軍が創設された。(ただし、一部の情報では、31個師団と1個旅団という説もある。)包囲されたとはいえ、彼らはいまだソビエト赤軍の北方側面における脅威であった。

-Wikipediaより-
 
map6a.jpg 
1944年の戦線(赤)と1945年の戦線(黒)。

1944年10月10日から1945年4月4日までの間に、クールラントをめぐってドイツ軍とソ連軍は激しい攻防戦を展開、大規模な戦闘は全部で6回あったと言われています。

1回目:1944年10月27日-1944年11月7日
2回目:1944年11月20日-1944年11月30日
3回目:1944年12月23日-1944年12月31日
4回目:1945年1月23日-1945年2月3日
5回目:1945年2月12日-1945年2月19日
6回目:1945年3月17日-1945年4月4日

なお、3回目の戦闘の後、1945年1月15日に北方軍集団はクールラント軍集団と改名されます。
クールラント軍集団をせん滅しようとソ連赤軍は猛攻撃を加えますが、文字通り背水の陣となったドイツ軍将兵は、死に物狂いで戦います。その結果、ソ連軍は多大な損失を出しただけで作戦はすべて失敗に終わりました。

ラトビアの記録では、ソ連の指導者で軍最高指揮官のスターリンがクールランド半島へ度重なる攻撃を命じ、その損失は無視されたともされている。3月16日におけるドイツの公式記録によると、ソビエト赤軍はクールラント半島における5回の戦闘で死傷者、捕虜、約320,000人、2,388両の戦車、659機の航空機、900門の砲、1,440丁の機関銃を失ったとされる。ソビエト赤軍は6回目と最後の戦いで捕虜となった将兵、553名と74,000人を失ったと推定しており、合計で捕虜、死傷者約390,000名となる。

-Wikipediaより-
 
Kurland_Soldiers.jpg 
クールラント軍集団の兵士(1945年2月17日撮影)

包囲下の劣悪な状況で獅子奮迅の戦いを続ける兵士の戦意高揚を目的として、当時のクールラント軍集団司令官ハインリヒ・フォン・フィーティングホフ上級大将の要請により、総統ヒトラーは1945年3月12日にクールラント従軍カフタイトルの制定を許可します。

200px-Heinrich_von_Vietinghoff.jpg 

クールラント従軍カフタイトルの授章資格は以下の3つ。

・戦闘のうち少なくとも3つに参加
・戦闘で負傷
・直接の戦闘に関わらなくても、作戦に3か月間従事

包囲下の兵士に授与する為、多くのカフタイトルはかつてのクールラント公国の首都であり、クールラント軍集団司令部のあったクルディーガ(Kuldiga)の 織布工場で生産されました。

Kurland_7.jpg 

現地製造のカフタイトルは縦3.5cmx横22cmでカフタイトルとしては短いことが特徴です。(通常のカフタイトルの長さは35-40cm)短い理由は物質不足の為と言われていますが、真偽のほどは不明です。
なお、ドイツ本国で生産されたカフタイトルも存在しています。デザインは同じですが文字がエンボス加工がされており普通の長さとなっています。

 Kurland_3.jpg  Kurland_4.jpg
KURLANDを挟んで左側にはドイツ騎士団の紋章、右側にはクールラント公国の首都であったミタウ(Mitau)の市章であるヘラジカがデザインされています。

 Escut_Jelgava.png 

現在のイェルガヴァ(旧ミタウ)の市章

Kurland_8.jpg 
カフタイトルの裏側。黒い刺繍糸で横方向に縫い込まれており、模様が白黒反転しています。

クールラント軍集団は最後の一兵まで戦い続けようとする中、ソ連軍は首都ベルリンを攻撃、1945年4月30日に総統ヒトラーは総統地下壕で自殺し、5月8日にはついにナチスドイツは連合軍に対して無条件降伏します。

カール・デーニッツは、クールラント軍集団最後の司令官カール・ヒルペルト上級大将に対して、ソビエト赤軍に降伏するよう命令、ヒルペルトと指揮下の軍司令部要員はレニングラード方面軍司令官レオニード・ゴヴォロフ元帥に降伏した。この時点における軍集団の残存兵力は、27個師団と1個旅団であった。

同日、ラウザー将軍はより有利な降伏条件を得ることに成功した。翌9日から、ソ連軍はクールラント軍集団の司令部要員の尋問と、一般将兵の捕虜収容を開始した。

5月12日までに約135,000名が降伏し、捕虜収容は5月23日に完了した。バルト海戦区全体で約180,000名のドイツ軍将兵が捕虜となり、その大半は、まずヴァルダイ丘陵の捕虜収容所へ送られた。
-Wikipediaより-
1944年10月の包囲開始時に20万人いた兵士が13.5万人になったということは、単純計算で6.5万人が戦死・行方不明あるいは負傷により本土へ移送されたということになります。(あくまで本国からの増援無しという前提ですが)一方でソ連側の捕虜・死傷者はドイツ軍の6倍の39万人となっています。精鋭部隊がベルリン侵攻に回されていたとしても、このキルレシオはあまりに大きく如何にドイツ軍の防衛線が強固だったかということが分かります。

9日~12日の間に将軍28名、将校5,083名を含む総勢140,408人が降伏した。同期間に引き渡された物資は、航空機75機、戦車・自走砲307両、砲門1,427門、迫撃砲557門、重機関銃3,879丁、小銃・軽機関銃52,887丁、装甲兵員輸送車219台、無線機310台、車両4,281台、牽引車両240台、輸送用台車3,442台、馬14,056匹であった。

-Wikipediaより-

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降伏後一か所に集められた戦車。鹵獲されたT-34やSU-85、シャーマン中戦車が映っています。

クールラント従軍カフタイトルが個々の兵士に渡される頃は、ドイツの敗北は決定的になっており、ほとんどの兵士は名誉よりも故国への生還を強く願っていたと思います。降伏する前に司令部は記録をすべて焼却、また将兵もロシア兵の報復を恐れ、カフタイトルなどの戦功章やその勲記、授章履歴が書き込まれたSoldbuchなどは破棄したと思われます。よって、どれくらいの本数が生産・授与されたのか、今となっては知る術はありません。

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現存しているわずかな写真のほとんどは、戦闘支援を行った海軍・空軍の将兵もしくはクールラント・ポケットから海路で搬送された第16、第18軍の兵士を撮影したもので、いずれもドイツ国内で撮影されたものとなっています。ちなみに上記写真の兵士はドイツ国内で製造されたカフタイトルを着用しています。


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なお敗戦の日に行われたクールラントからの脱出劇については、「泥まみれの虎ー宮崎駿の妄想ノート」に"実録・脱出行"として書かれております。

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空路ではユンカースJu 52輸送機35機がノルウェーから飛来、負傷兵を乗せドイツ本国へ向かいますが、うち32機がソ連機に撃墜されドイツへたどり着けたのは3機のみという悲惨な結果に。

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海路においてはドイツ海軍による護送船団が編成され、難民・将兵を甲板までぎっしりと詰め込んで5月8日の夜半にリーバウ・ヴィンダウから出港。途中、ソ連の爆撃機や魚雷艇が幾度となく襲い掛かりますが、船団の多くは4連装20mm高射機関砲、88mm高射砲を装備しており、これに応戦、撃退します。戦闘で多数の被害者を出しながらも、船団は5月10日から11日にかけてキール港への入港に成功しました。

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クールラント・ポケットに最後まで残り投降した兵士には捕虜収容所での過酷な生活が待っていました。彼らは森林伐採や石炭採掘などの労働を強いられ、多くの兵士が故郷に戻れたのは終戦から4年半も経ってからでした。
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