陸軍下士官・兵用バックルとベルト(末期型)

本日は大戦末期に生産、陸軍下士官・兵に支給された鉄製バックルとベルトを紹介します。
1941年のモスクワ攻防戦、42年のスターリングラードの戦いで大敗北を喫し人的・物資的な大損害を受けたドイツ軍は、兵士に支給する装備の省資源化をすすめ、質よりも量を優先するようになります。

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大戦末期(1944~45年)の国防軍兵士の軍装。
M44野戦服M43規格帽M44雑嚢、そして今回紹介する末期型バックルとベルトです。なお、ショカコーラのパッケージも鉄製から紙製に変更されました。

まずは末期型のバックルから。
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鉄製のパンツァーグラウ塗装で典型的な後期型バックルの特徴を持っています。材質についてですが、初期型バックルはアルミで作られていましたが、アルミは航空機の材料で貴重となった為、かなり早い時期(41年頃)に、鉄製に変更されています。(アルミ製品が鉄製に置き換わることになった背景についてはコチラ
末期でも、〝GOTT MIT UNS〟(神は我らと共にあり)」の文字や国家鷲章のデザインは変わっていません。

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裏側です。42年頃から省略される革タブがこちらにも付いていません。
なおベルト穴を通す爪の部品が、茶色くエナメル加工されていることがお分かりでしょうか?このエナメル加工は、防錆以外にベルト穴の出し入れを滑らかにするという効果があると考えます。

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「J.F.S」の刻印があります。(製造メーカーコードで、Gablonzにあった、Josef Feix & Sohnes社)

次に末期型ベルト(M44ベルト)を見ていきましょう。
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M44ベルトには、それまでのベルトとは外観上違う点があります。

M44B_22-1.jpg
通常の下士官・兵用ベルト(上)M44ベルト(下)との比較。M44ベルトは表からベルト穴が見えます。

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通常のベルトはベルト本体と長さ調整用ベルトの二重になっていて、ベルト穴は表から見えないようになっています。

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一方、M44ベルトは長さ調整用ベルトではなく、ベルト本体に開けられたベルト穴に爪を通すようになっています。
この省略された長さ調整用ベルトですが、薄い為に切れやすくなっており、切れるとベルトは使えなくなってしまいます。(切れた場合の対処法についてはコチラで記事にしています)

調整用ベルトを無くしたのは、材料の節約と生産性の向上に加え、使い易さを考慮した結果だと思います。

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パンツァーグラウのバックルとM44ベルトは大戦末期の省力化モデルというよりは、兵士の声を反映させた進化形なのかも知れません。

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山岳帽(Bergmütze)

ご無沙汰しています。今回はドイツ軍山岳猟兵(Gebirgsjäger)のトレードマークである、山岳帽(Bergmütze)をアップします。
山岳帽1
最初に山岳帽の起源について調べました。まずはWikipediaから引用したいと思います。
山岳帽は1868年にオーストリア=ハンガリー帝国軍の新しい野戦軍装(Feldadjustierung)規定において、歩兵、砲兵、騎兵共通の野戦帽(Feldkappe)として山岳帽が採用された。この時点で特徴的な防寒覆いを備えていた。1871年、ひさしを革で補強した新型野戦帽が歩兵および砲兵向けに採用された。


Feldkappe1.jpg  

こちらが、ネットで拾ったオーストリア=ハンガリー帝国軍国土防衛隊のFeldkappeの写真です。
防寒覆い=フラップが前合わせになっている点はドイツ軍の山岳帽と同じです。

Alpenkorps1.jpg 
こちらは帝政ドイツのアルペン軍団(Alpenkorps)兵士。写真ではよく分かりませんが、同じく山岳帽を被っています。

第一次大戦後、山岳帽はスキーや登山時の防寒帽として民間でも使用されることになります。
1930年代のスキーウェアの広告
60.jpg 

防寒性にすぐれた山岳帽はヴェルサイユ条約を破棄し再軍備を進めるナチスドイツ軍でも採用されることになります。

Bergmutze_0.jpg 
こちらは1935年発行のREIBERTに掲載されている制服と階級章のイラスト。(STEINER氏提供) 
この頃には戦中と同じデザインの山岳帽が既に存在していたことが分かります。

ところでライヒスヴェアからヴェアマハト=国防軍に移行するに伴い、1934年2月に制定された国家鷲章を制服の右胸や帽子に縫い付けることが義務付けられましたが、このイラストにはそれ以前の装備も記載されている点が興味深いです。

Bergmutze_1.jpg 
こちらの写真もSTEINER氏からの提供です。エーデルヴァイス章がまだ部隊章として正式に採用される前の山岳猟兵です。(エーデルヴァイス部隊章の採用については後述)
なお山岳猟兵が着用しているのは襟の色と胸の国家鷲章からM34野戦服と思われます。(袖は礼服と同じ折り返し?)

それでは山岳帽の詳細部分を見ていきましょう。

山岳帽1-2 
山岳帽には様々なバリエーションがありますが、こちらはオーストリアやバイエルン地方出身の山岳猟兵に支給されたオストマルクタイプで、他に比べてバイザーが短く、フラップが幅広になっているのが特徴です。

山岳帽5-2 
ベンチレーション用の穴は2x2=4個です。穴が4個というのは、山岳帽の特徴の一つとなっていますが、2個、あるいは無しの山岳帽も存在しています。

山岳帽15-1
初期の青味の強いフィールドグレイのラシャ生地で作られています。


山岳帽2 
帽章は戦中に作られたフィールドグレイのT字型です。他にも初期のダークグリーン地に白糸で刺繍したT字型、鷲章と国家章(コカルデ)が別パーツになったタイプ、M43規格帽に多い逆台形(Trapezoid)の帽章があります。
この帽子のフラップの前合わせは角ばったタイプですが、1930年代の山岳帽のフラップは丸みを帯びています。


山岳帽28 
帽章のクローズアップ。T字型は手縫いが基本ですが、以前紹介したM43規格帽の縫い付け方とは違います。

山岳帽29 
この山岳帽の前合わせのボタンはタグア椰子(独 Steinnuss)で作られています。南米エクアドル産のタグア椰子は別名、象牙椰子(英 Ivory nut)と呼ばれており、古くからヨーロッパで象牙の代用としてボタンやアクセサリーに使用されていました。タグア椰子の他にアルミや樹脂製ボタンのバリエーションもあります。


山岳帽14 
ボタンを裏側から見たところ。糸通し用の溝が掘られています。

山岳帽7-1
ボタンを外してフラップを下したところ。フラップが幅広になっているので、頭部の大部分を覆うことができます。


山岳帽16   
第2山岳猟兵師団第79砲兵予備大隊のオリジナルアルバムから。右側の兵士が被っている山岳帽はフラップが下がった状態です。

続いてエーデルヴァイス部隊章

山岳帽12-2 
山岳帽のエーデルヴァイス部隊章は1939年5月2日に野戦服用記章と共に制定されました。(H.V.39B, Nr. 196)。
本体は亜鉛合金製で中心部分は鉄製の2ピース構造になっております。山岳帽に縫う糸を通す穴が5つあり、帽子へ直接糸で縫われていますが、初期はダークグリーンの台布が間に入っています。

山岳帽5
なお、エーデルヴァイス部隊章の起源についてWikipediaには下記のような記述があります。
両国(注:オーストリア=ハンガリー帝国とドイツ帝国)の山岳猟兵は薄雪草(エーデルヴァイス)の部隊章を共有している。それは1915年5月、南方戦線においてイタリアの攻勢に対し守備していた国土防衛隊にアルペン軍団が救援として駆けつけたとき、国土防衛隊が感謝の意を込めて彼らの部隊章(エーデルヴァイス)をアルペン軍団の兵たちに送ることで敬意を表したことに始まる。エーデルヴァイスは1907年、オーストリア=ハンガリー帝国国土防衛隊のシンボルとして、皇帝フランツ・ヨーゼフI世により制定された。これら部隊は制服の襟にエーデルヴァイスを着けている。

このようにエーデルヴァイスは元々はオーストラリア=ハンバリー帝国国土防衛隊のシンボルで、後にドイツ帝国、そしてナチスドイツ軍の山岳猟兵の部隊章になったとのことです。

M35tunic52.jpg 
こちらは布製の記章。山岳猟兵の野戦服の袖に縫い付けられています

話は変わりますが、陸軍のM43規格帽は山岳帽をベースに作られたとされています。
M43cap1-1_2016100821202821e.jpg
M43規格帽には山岳帽や略帽にあったベンチレーション用の穴が省略されています。戦争末期になると陸軍の鍔付き帽子はさらなる生産性向上の為、M43規格帽に統一されますが、エーデルヴァイス部隊章は山岳猟兵のシンボルとして終戦まで使われ続けます。

山岳帽8
この帽子の内装はテーラーメイドのような造りになっていますが、このような仕様は他の官給の山岳帽でも見られます。
バイザーの裏面も含めてコットンで内張りされており、制帽のような革製のスウェットバンドが付いています。

山岳帽11 
ライナーに押されたスタンプ。ミュンヘンで製造され同地の被服廠に42年に納品されたことが分かります。サイズは53cmです。それにしてもこの山岳帽の持ち主はかなり頭が小さかったようです。

ところで山岳帽は右耳から1cm上(指一本分)、左耳からは3cm上(指三本分)、右の眉毛から1cm上に被るよう規定されていたそうです。(この規定は略帽の被り方と同じです)

山岳兵1 
当時の写真を見ると、前線でも山岳帽を被っている山岳猟兵が圧倒的に多く、山岳帽に対する拘りというか愛着をすごく感じます。まぁ、さすがに戦闘中はスチールヘルメットを被っていたでしょうけど。
しかし登山(訓練)中も山岳帽を被っている写真を見ると、果たして落石などから頭を保護できたのかと不思議に思ってしまいます。


二人の山岳猟兵が「殺人の壁」に挑む映画、『アイガー北壁』。あの時、ヘルメットを被っていれば・・・

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官給腕時計(Dienstuhr)

オク用の写真を撮影したら、図らずもシブい画になったのでアップします。

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ARSA (オーガストレイモンド)
1898年にオーガスト・レイモンドによってスイスジュラ渓谷のトラメランに創立。
ムーブメント「ユニタス」を開発したことで有名。

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ちなみに『ARSA』はAuguste Reymond SAの意味。

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歴戦の勇士って感じで良いですね。(壊れていて動かないけど・・・)



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M35書類ケース (Meldekartentasche 35) Part5

ドイツ軍の書類ケースの左側にはヨコ6cm xタテ19cmサイズのポケットがありますが、このポケットに何が入れるのか?コレクターの間では様々な意見が交わされております。

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以前このブログでは、セルロイド製の分度器を収納できると紹介しました。

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確かにぴったりなのですが、この分度器自体一般的なアイテムでは無く、どうも本来左ポケットに入れるアイテムでは無さそうです。

書類ケースの中身を指示した教本や当時の写真があれば良いのですが・・・

ドイツ軍装資料本を見ると、木製の定規らしきものがポケットには挿入されています。
mapcase7_20160717133714274.jpg


ネットにアップされている写真を調べてみると、木製の定規を収納していることが多いです。

kurvenmesser 01

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このようなシンプルな定規は多目的に使われるので、書類ケースには間違いなく入っていたでしょうし、サイズ的にも問題ありません。

上記の写真と同じタイプの木製定規を入手しました。
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問題なく収納できます。しかし左ポケットの幅は定規には少し大きいし、わざわざ一般的な定規に専用のポケットを作るのかどうか??どうもすっきりしません。

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そんなある日、某フォーラムで左ポケットの正規アイテムはSchußweitenmesser(射程距離計)では、というコメントを発見しました。

MAP CASE RULER_EF_#547_1938 
画像検索すると、こちらが“Schußweitenmesser”のようです。
目盛と10万分の一のSchußweiten=射程距離が刻まれています。写真ではスチール製のように見えますが、プラスチックかも知れません。

本当に正規アイテムなのか、左ポケットにぴったりと収まるのか入手して試してみることにしました。(と、簡単に書いていますが、入手するのにかなりの費用と時間を要しました・・・)

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こちらが苦労して手に入れた射程距離計です。表側?には Höltgebaum & Heinicke AG Berlin N.W.7(所在地)の刻印、反対側には22cmの目盛り、重火器とその射程距離が刻まれています。材質は薄いスチール製です。


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おー、左ポケットにジャストフィットです。全く隙間がありません。
やはり、この射程距離計が正規アイテムなのかも知れません。


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射撃距離計のクローズアップ写真
重火器の種類とそれぞれの有効射程距離の表示があります。

射程距離が短いものから、l.M.W、m.M.Wとあります。

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M.WはMinenWerfer=迫撃砲のようです。(lはleichte, mはmittlererの意味でしょうか)

“s.M.G”は言わずもがなですね。
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ちなみに一番射程距離の長いのは15cm K.16 (15cm カノン砲 16型)」で22キロとなっています。

他にもF.K 16(FeldKanone 16型)が表示されているので、このスケールは戦前に作られたようです。
一次資料が無いので断定はできませんが、この射程距離計が書類ケースの標準装備アイテムとしても不思議では無いでしょう。


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軍靴の手入れ用品(Stiefelpflege und reinigung)

どの国の兵士も入隊と同時に軍靴を官給品として支給され、銃と同じく命の次に大切に扱うよう厳しく教え込まれました。
国民の血税で購入した軍装品を粗末に扱うべからずということと、靴を常にメンテナンスすること=重要な移動手段である足を保護するという2重の意味だったのでしょう。
本日はドイツ軍兵士が使用した靴のお手入れ用具と関連用品を紹介したいと思います。

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まずはお手入れ用具の基本であるブラシ(Bürste)です。ブラシには1.靴に付いたほこりや汚れを落とす、2.靴クリームを革に塗り込む、3.靴クリームを落とし磨く、という3種類の用途あります。

 
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こちらは3種類のブラシがポーチに入ったセット。上から1. 汚れ落し用ブラシ、2. 靴クリームを塗るブラシ、3. 磨くブラシの順番になっています。
ところで専門家によれば保革クリームは指で温めながらゆっくりと塗り込む方法がベストらしいのですが、どうしてもムラが出来てしまうので広い範囲に万遍なくという場合はブラシが良いそうです。

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兵営内での靴の手入れ。ブラシの形状から靴クリームを半長靴と編み上げ靴に塗り込んでいるようです。

次は靴クリーム(Schuhcreme)を見ていきましょう。

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こちらは直径約8cmの缶に入ったCamilloというブランド名の靴クリームです。

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中にはクリームが少し残っており、今でも使えそうです。
この靴クリームは靴以外の革製品にも使えます。塗布することで革を保護し、防水性を高めることができますが、塗りすぎると逆に革をダメにしてしまうのでベタベタしない程度に塗ることが肝心です。

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REIBERTには革製品の手入れ方法の記述があります。
図にはシャフト(すねとふくらはぎ部分)や踵はポリッシュし、足首と甲部分はクリームを塗り込むこととあります。

・Mica kit
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こちらは身嗜み用品がコンパクトなアルミケースに収納された便利な「Mica」キットです。当時兵士には人気で酒保などで購入することができました。

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商品名の「Mica」の刻印のある方の蓋を開けると、髭剃りや歯磨き、整髪などの身嗜みに必要なもの全てが収納されています。

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このケースは両開きとなっており、D.R. PATENT (ドイツ帝国特許)が刻印された側を開けると、靴のメンテナンス用具が入っています。

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中身を展開したもの。

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4種類のブラシに靴クリームの容器が収納されています。黒いブラシは靴用、白いブラシは爪磨きか洗濯用と思われます。なお、この持ち主は一番下のブラシを衣服用として使っていたようで、鉛筆で(Kleider-Bürste)と書かれています。


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靴クリーム用のケースは両蓋になっており、反対側にはポリッシュ用の布が入っています。


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このmicaキットは飯盒に入れて持ち運ぶことができるよう設計されています。
靴の手入れ道具を飯盒に入れて運ぶというのは、現代の感覚ではかなり違和感がありますが、空きスペースを少しでも有効活用するというアイデアだと思います。
(micaキットについては別途詳しく記事にする予定です)

・ブーツ脱ぎ器(Stiefelknecht)



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こちらはブーツを脱ぐ際に使用する器具です。上記は折りたたんだ状態で、使用するには収納されているアームを左方向に展開します。

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Y字の部分でブーツの踵を引っ掛け、スタンドに片足を乗せてブーツを脱ぎます。
靴べらと同じくこのような専用器具を脱着に使うことで、ブーツを不必要に消耗させないようにすることも重要です。

・Fuss Poder

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外側のみならず内側の湿気も靴にとっては大敵。フットパウダー(Fuss-Puder)で足の汗を防ぐことも靴の状態を保つには効果的です。
(ちなみに下記はベビーパウダーなのですが、傷口をふさぐのにも使用できるようです)


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この他、シューキーパーも一般的なシューケアアイテムです。ただし携帯性を考えると果たして戦場に持って行ったかどうかは疑問ですが・・・。

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M44野戦服(Feldbluse 44)

1944年、ナチスドイツに対する敵の攻撃は日増しに激しくなり、6月には西からの連合軍のオーバーロード作戦、東からはロシアによるバラクチオン作戦とまさに四面楚歌の状況となります。
両戦いで損失した兵員を補充するべく、同年7月には国民擲弾兵師団が、またその3ヶ月後には国民突撃隊が結成され国土防衛に駆り出されることになります。

本日はそんな切羽詰った状況の中、1944年に導入されたM44野戦服(Feldbluse 44)の実物と、海外のコレクターRamsey氏の写真コレクションの一部を氏の許可を得て紹介したいと思います。
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M44野戦服は〝Neue Uniform〟(新しい制服)として、1944年10月21日に9月25日付けAHM(一般陸軍通達) Nr.603 において導入されます。
特徴としては丈がぐっと短くなり、それに伴い腰のポケットは省かれました。
当初は全軍共通の野戦服として規格され、当時の写真を見ると陸軍以外に武装親衛隊、空軍そして警察での使用が認められます。
ただ実際にはこれまでの野戦服も在庫がある限り使い続けられた為、最終的には全部隊に行き渡らないまま戦争が終わってしまいました。

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後ろから見ると、とてもドイツ軍の野戦服には見えませんね。
通常、野戦服は耐久性の観点から、背中部分が一枚布で作られていますが、このM44野戦服は真ん中で張り合わせになっています。ただし腰部分は一枚布になっており、横方向の引っ張りには若干強くなっています。
両サイドにザイテンハーケン用の穴が見えます。

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インナーも背中の部分は省略されていますが、腰ポケットが無くなった分、内ポケットが両側に付けられました。
かろうじてザイテンハーケン用のベルトループも残されています。(末期タイプはベルトループが省略されます)

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M43野戦服までは詰襟がデフォルト仕様でしたが、M44野戦服は逆に開襟がデフォルトになったようで、襟の幅が広くとられ、襟どうしを留めるホックが標準でありません。もちろん、従来通り第一ボタンまで留めることは可能ですがどこか変ですね。

M44-11.jpg
オーバーコートのように襟の裏側にはフラップとボタンが付けられており、写真のように襟を立てた状態にすることができます。


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襟章は1940年5月9日に採用となったマウスグレー各兵科共通タイプです。
なお下士官以上になると野戦服の襟の淵には通常トレッセを取り付けることができるのですが、M44野戦服の場合、取り付けられていないケースが多く存在しています。


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肩章のトレッセから階級は伍長と思われますが、襟にはトレッセが付いていません。Photo by coutesy of Ramsey


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国家鷲章は逆三角形のBEVOタイプで、M43規格帽と同様に縫い付けを簡単にすることができます。


M44-29.jpg
こちらは工兵科?の軍曹の写真ですが、国家鷲章が刺繍タイプになっています。Photo by coutesy of Ramsey


M44-7-1.jpg  
袖口のサイズをボタンで調節できるようになっていますが、ボタンの数が2個から1個に減っています。
ただしその分、ボタンホールが2個に増えているので機能は変わりません。
(ところが最末期タイプになると、袖口のサイズ調整機能の無い筒型の袖になります)


前述した通り、M44野戦服が採用されたのは敗戦の7ヶ月前という状況だった為、当時の写真は少なく、今回掲載したような写真館で撮影したポートレートか連合軍に投降した時に撮られたものが大半を占めます。

M44-27.jpg
M44野戦服を着た山岳猟兵。どこか駐屯中の街で撮影されたものでしょうか?袖をまくっているのと、中にシャツを着ていないことから、比較的温暖な地域と思われます。Photo by coutesy of Ramsey

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こちらも前線で撮影された貴重な写真。M43規格帽にM44野戦ズボンというまさに末期のスタイルです。Photo by coutesy of Ramsey


こちらはYoutubeにアップされていたカラー映像ですが、2分50秒あたりでM44を着た若い兵士の映像が出てきます。

M44-19.jpg

これまでのドイツ軍野戦服の変遷とM44野戦服が開発された時代背景を知っているだけに、これまでなんとなく末期に作られた貧相な服というイメージを持っていましたが、実際に手に取って見てみると、結構手の込んだ作りになっていると感じました。
もしこれが何の予備知識も無く、はいっと渡されたら別の感想になっていると思います。


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M40野戦ズボン(M40 Langhose)

こんにちは。本日は、歩兵部隊の兵・下士官に支給されたM40野戦ズボン(M40 Langhose)を紹介します。
ちなみに野戦ズボンは正確にはドイツ語で「Feldhose」で「Langhose」は直訳すると〝長ズボン〟ですが、裾を絞った種類のズボンもFeldhoseなのでそれらとの混同を避けるため、タイトルは敢えてLanghoseにしています。(ややこしくてスミマセン...)

下記はM40野戦ズボンです。以前、M36野戦ズボンを紹介しましたがシルエットは全く同じです。
M40trousers3-2.jpgM40trousers7-3.jpg

下がM36野戦ズボン。どちらもサスペンダーで吊るすトラディショナルなタイプのストレートズボン(Tuchhose)です。


stonegray42.jpg 上のM40野戦ズボンだけの写真だけを見ていると、ストーングレイっぽく見えますが、M36野戦ズボンと比べると、緑ががったグレイであるとわかります。

このM36とM40野戦ズボン、どちらも最近は実物の入手が困難で良いコンディションのモノはなかなかいい値段がします。

私は当初M40よりもM36を優先して捜しており、その間にいくつかM40のオファーがありましたが、いつでも手に入るからいいやと悉くスルーしてしまいました。
で、やっとM36が見つかって、さー次はM40をと、真剣に捜し出したら今度はM40が全然見つからない・・・

結局、納得いくものに出会えるのに、2年以上もかかってしまいました。コレクターの不文律〝買える時に買え〟〝買ってする後悔よりも、買わなかった時の後悔の方が大きい〟を実感した次第です。



また当時「M36」「M40」という正式な名称があったわけでは無く、当時の歩兵操典やSoldbuch上の記載はただの〝ストレート〟な野戦ズボン「Tuch-Feldhose」です。


M40trousers19-1.jpg  
 
Mxx(xxは年)という呼び方は、後世になってコレクターが分類しやすいように名づけたもので、ウール生地の色がストーングレイ(Steingrau)のものを「M36」、フィールドグレイ(Feldgrau)のものを「M40」と呼んでいます。

M40trousers17.jpg
M36とM40を並べてみると、色の違いがはっきりと判ります。
いつフィールドグレイのズボンが作り始められたかは、当時の資料が無いので不明ですが、現存しているズボンに押されたスタンプ、当時の写真等々から野戦服の襟がダークグリーンからフィールドグレイに変わったのと同じ1940年頃からだと考えられています。
(とは言え急に切り替わったのではなく、1940年以降もストーングレイの生地がある限り、M36野戦ズボンは作り続けられました)


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ライヒスヴェーアの時代の制服。上着はフィールドグレイ、ズボンはストーングレイです。上下色違いは〝粋〟ですが、生産性及び実用性は同一色が望ましいですね。


M40trousers15.jpg
サイズスタンプ。この野戦ズボンは、股下 76cm ウエスト86cm 全長109cm 腰周り100cmです。アーヘンで製造され、フランクフルトの被服廠に1940年に納品されました。(OCOはメーカー名の3桁コードだと思いますが不明)


M40trousers13.jpg
社会の窓はトラディショナルなボタンフライです。物資がまだ豊富な時代に作られたズボンらしく、ボタンは全てアルミ製です。


M40trousers8-1.jpg  
背中側にはサスペンダー用の平ボタンが4つあり、サイズ調整用のベルトが付いています。

M40trousers18.jpg
サイズ調整用ベルトの幅はメーカーで違うようですが、バックルはどちらも〝PRIMA〟ブランドです。


M40trousers14-3.jpg
最後に、なぜズボンはフィールドグレイ色に変わったのか?
一般的には1.経済効果 2.迷彩効果、が主な理由として考えられているようです。
1.に関しては普通に考えてアリですね。上着とズボンで同じ生地が使えるし、顔料も一種類だけ用意すればOKなわけです。これはまぁ、議論の余地は無いでしょう。

それでは2.の迷彩効果はどうでしょうか?
迷彩というと複数の色によるパターンを描いた「分割迷彩」が真っ先に思い浮かびますが、単一の色で塗り込めてパターンを持たないものも「単色迷彩」と呼び、周辺の光景に紛れる色であれば迷彩効果があるとしています。ただし上下の服で色が違うとかえって目立つので同じ色にする必要があります。
ではドイツ軍の軍服や装備に使用されたフィールドグレイは、迷彩効果は高かったんでしょうか?
フィールドグレイは1907年にドイツ軍の制服のカラーとして規定されてから、1945年の終戦まで多少色の変化はあっても、一貫してウール製の野戦服に使い続けられます。またドイツ占領後、連合軍は市民の衣服へフィールドグレイの使用を禁止したという話もあるくらいなので、ドイツ軍のみならず連合軍側もフィールドグレイは迷彩効果が高いことは認めていたわけですね。(少々エモーショナルな面もあったと思いますが・・・)

迷彩色は、その国の自然環境が反映されると言います。(基本は国土防衛ですからね)深草色の森や草原が多いドイツではフィールドグレイ色が最も自然に溶け込める色だったのは理解できます。

あと血の色を判り難いくするというのは理由としてどうでしょうか?手術着が緑色なのは、血の色が目立たないようにする効果があるからと聞いたことがありますが・・・うーん、これは、あまり関係無さそうですね。

戦場では工場出荷のまま綺麗な色の状態をずっと保てることはまずあり得ません。(お偉いさんは別)歩兵科の兵士は間違いなく泥や埃で汚れますし、汚れを落とすために洗濯して干すと色はだんだんと薄くなってきます。そのような状態も想定した上で軍服の色は決められているのでしょう。

Stalingrad_20150310004515c6e.jpg これくらい日に焼けて土埃で汚れると迷彩効果は高そうですね。

今回の記事でネタが切れましたので、またしばらくお休みをします。
それでは、またお会いできる日まで、ごきげんよう!


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Author:エーデルマン
脳内の99%をドイツ軍が占めている、そんなアラフィフ親父です。
注)当時のドイツ軍の装備・生活用品に興味がありますが、特定の団体・思想を支持するものではありません。

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個人秘蔵の未公開写真が満載でLSSAHファンは必読の書。著者は友人

WWII ドイツ軍兵器集 〈火器/軍装編〉 (1980年) ワイルドムック
WWII ドイツ軍兵器集 〈火器/軍装編〉 (1980年) ワイルドムック
長年教科書だった本。小宮氏の「ドイツ軍の全貌」の解説がすごい

最強の狙撃手
最強の狙撃手
ドイツ軍No.2スナイパーの回顧録。狙撃シーンもすごいが、当時の兵士の生活も垣間見れる一冊

第2次大戦ドイツ軍装ガイド
第2次大戦ドイツ軍装ガイド
鮮明な写真による軍装品説明はブログ写真撮影の参考にしています

ドイツ軍装備大図鑑: 制服・兵器から日用品まで
ドイツ軍装備大図鑑: 制服・兵器から日用品まで
軍装品のカタログとも言えるボリュームは圧巻。実は密かに打倒を狙っていたり・・・

第2次大戦ドイツの自動火器
第2次大戦ドイツの自動火器
実物のFG42実射レポートを読めるのはこの本だけ

“グロースドイッチュランド”師団写真史―東部戦線におけるGD機甲擲弾兵師団1942‐1944
“グロースドイッチュランド”師団写真史―東部戦線におけるGD機甲擲弾兵師団1942‐1944
ドイツ国防軍好きなら買って損はなし

図説ドイツ軍用銃パーフェクトバイブル (歴史群像シリーズ Modern Warfare MW)
図説ドイツ軍用銃パーフェクトバイブル (歴史群像シリーズ Modern Warfare MW)
ドイツの軍用銃の専門書でビジュアル的に見ていて楽しい

ドイツの小銃拳銃機関銃―歩兵兵器の徹底研究 (光人社NF文庫)
ドイツの小銃拳銃機関銃―歩兵兵器の徹底研究 (光人社NF文庫)
ドイツ軍用銃のバイブル的な書。ドイツ軍スナイパートップ3への一問一答が興味深い

Feldbluse: The German Soldier's Field Tunic, 1933-45
Feldbluse: The German Soldier's Field Tunic, 1933-45
M33からM44までドイツ陸軍の野戦服を網羅。特にM36以前の野戦服は必見

Rations of the German Wehrmacht in World War II
Rations of the German Wehrmacht in World War II
とにかく当時のドイツ兵が食べていた糧食にこだわった一冊

武器と爆薬―悪夢のメカニズム図解
武器と爆薬―悪夢のメカニズム図解
迫撃砲はどうやって砲弾を飛ばすのか?小銃擲弾は?ほかにも大砲や爆弾のしくみを源文マンガでわかりやすく解説

グラフィックアクション GRAPHIC ACTION 1993年 No.17
グラフィックアクション GRAPHIC ACTION 1993年 No.17
このシリーズは市場で見つけたら買うべし

ドイツ武装親衛隊軍装ガイド (ミリタリー・ユニフォーム)
ドイツ武装親衛隊軍装ガイド (ミリタリー・ユニフォーム)
WSS専門だけど全部実物!

鼠たちの戦争〈上〉 (新潮文庫)
鼠たちの戦争〈上〉 (新潮文庫)
映画「スターリングラード」の原作本的な内容だが100倍面白い

鼠たちの戦争〈下〉 (新潮文庫)
鼠たちの戦争〈下〉 (新潮文庫)


スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943 (朝日文庫)
スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943 (朝日文庫)
塹壕から故郷へ送った兵士の手紙が興味深い「クリスマスはドイツ風に」の章は涙なくしては読めません

ケルベロス 鋼鉄の猟犬 (幻冬舎文庫)
ケルベロス 鋼鉄の猟犬 (幻冬舎文庫)
ヒトラーが暗殺された後の撤退戦を描いた架空小説。小道具にこだわるところがマニアっぽい

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